17:社会科学の先生がたはみなお手上げです
そのように考えてくると、国家間合意の枠組で物事を考えればすぐわかるという時代は過ぎていることが分かる。だから今までの教科書を用いて、国際法は国と国の同意だという枠組みだけで現在の新しい問題を考えても、ひとつもわからないということにならざるを得ない。だから今は伝統的な意味での国際法だとか、国際政治学の先生や経済学の先生方はみんなお手上げです。私の学校でも、社会科学の先生方はみんなお手上げで、まともな論文を書けません。
18:経済学者には分析ができない時代
経済学はもっとひどい。今はいろいろな経済問題が大きな問題になっているでしょう。それに意見を言っている人は、経済アナリストだとか、現業の人ばかりです。それが理論的にどうなっているのか、どうすればマクロ経済的に転換ができるのかということを経済学者が本格的に論じているのを見たこともないし聞いたこともない。もともと経済学というのは、国家権力と向かい合ってどのような形で経済をコントロールするかという国との付き合い方が主で、その他のことは株屋さんと違うといって軽蔑してきた。だから今は株屋さんしかアナリストとして分析できない。だから経済学の先生方にはまともな新しい論文が一個もないのです。従って、経済学部は危機的状況で、あんなところに行っても意味がないんじゃないかと思うようになったから、学生がどんどん来なくなった。まして大学院については、経済学部の大学院は定員に満たない。それは政治学についてもそうです。
19:政治学の無力
政治学について最も代表的な例は、このあいだまですごく羽振りをきかせていたモダンポリティックスという計量的な政治学が、動かなくなっている。なぜかというと、国家と国家が対峙している中で、ある国家の力を計量的に10と置く。そうしたらそれに対する国家も10になるような形で何らかの政策をとればいいという考え方でしょう。いまそんな国家間の対立ではなくて、民族だとかさまざまな非国家的レベルにおける人間の対立が問題とされている。逆にいえば、そういう国家間の権力構造がなくなったからこそ、もっとどろどろした人間の対立が顕在化したということです。
20:NATOのユーゴ爆撃を説明できない国際法の授業
だからものすごく大きな問題がそういうところにある。僕は困っています。いまは国際法学者の受難の時代ですが、授業になると必ずできる学生が手を挙げて、「NATOのユーゴスラビアに対する爆撃は、先生が言っている国際法の授業からはひとつもわからない。あれは国際法上どう考えるんですか」という、いやなことを徹底的に聞いてくるんです。僕はそうは教えていないんです。戦争というのは現在国際法上違法化されている。特に国連憲章においては、合法的な戦争には二つしか方法がない。一つは自衛権の行使と、もうひとつは安全保障条約の強制行動しかない。他の一般的な戦争というのは、国連憲章の枠組みでは違法化されていると教えてきているわけです。学生と鸚鵡返しに憲章を読んで行って、「そうですね」というとまずい。