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10月29日、日本の大型貨物船アロンドラ・レインボウ号の事件が初めて報道されていますが、これは実際には一週間前の10月22日にアルミニウム塊7000トンを積んでスマトラ島のクアラタンジュン港を出航したところを海賊に襲われた事件です。海上保安庁が捜索部隊を出したという記事が11月20日に報道されていますけれど、「ア」号は10月22日に襲われていた。ところが、船会社は黙っていて、一週間後に海上保安庁に報告をした。海上保安庁は直ちにIMBに通報。IMBが同海峡を通航中の全船舶に捜索警報を出した。これによってフィリピン沖を航行中である「ア号」に似た貨物船がいるという情報が入った。ここで初めて海上保安庁が鹿児島からヘリ搭載船の「はやと」を出し、航空機をマニラに派遣して捜索を始めたということです。

 

岡崎 どうして船会社は一週間黙っていたんですか?

山本 通報すると、捜査のために貨物船が長期間にわたって足止めを食ってしまい、積み荷の運送が遅れて損失が拡大するということがあるようです。その他の理由はよくわかりませんが、一週間黙っていたわけです。

川村 事件が起こったのが金曜日の夜なんです。土日にかかってしまい、その間、様子を見ようということでした。

平間 海賊に襲われると保険料が上がるとかなんとかあるんでしょう?

山本 これについては後に調べさせていただきます。

 

そういうことで、事実一週間遅れて通報したというところまで説明しました。その続きですが、11月9日、池野船長以下17名が救命ボートで漂流中を、先ほど高瀬さんからも話がありましたように、タイの漁船に発見されて救助された。11月13日、哨戒していたインドの巡視船がインド南方を航行中のアロンドラ・レインボウ号を発見して追跡した。

3日後の11月16日、インド海軍の艦艇が威嚇射撃をして停船させ15名を逮捕した、ということになっています。

その後、そのアロンドラ・レインボウ号事件の総括的な記事が11月22日に出まして、11月25日に船長のインタビューが出た。

それによると、10月22日夜8時10分に出航。約2時間半後の10時30分頃に海賊に襲われた。船長は「翌朝、明るくなってから出航してもよかったが、警戒心がゆるんでいたので夜出航してしまった」ということを言っております。

こういう経緯がありまして、小渕首相が11月末にASEANの首脳会議で海賊対策会議をやらなければいけないということを提唱。これによって、4月末に東京で海賊対策会議が開催されるということになった。これには、マラッカ沿岸のインドネシア、シンガポール、マレーシア等、ASEAN各国のほか、韓国、中国からも日本の海上保安庁長官レベルの警備担当者が参加するというふうに報道されています。

 

 

 

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