北海道室蘭市
室蘭琢心館
中学一年生
上野由香梨
広い体育館、激しい竹刀の打ち合う音、私は今「琢心館」の館員六十人の一人として、立派な剣士になることを目標に、稽古に汗を流しております。
私と剣道の出合いは、高校時代に剣道部に籍を置いた父が、剣道の持つ礼儀、厳しさ等剣道のよさを我が子にも、学ばせたいと思っていたようで、私が一年生の時、父と一緒に「琢心館」に入館させられました。
何も知らずにはじめた剣道でしたが、練習はとても楽しく、待ち遠しい毎日でした。防具の着用を許された時は、嬉しさのあまり、家でも暇があれば、防具をつけて楽しんだものです。ところが防具をつけての練習は、楽しいものではありませんでした。防具は重く、体の自由がきかない上、先輩にたたかれ、痛さとくやしさで泣きたくなり、火の気のない道場は寒く、足のかんかくが無くなるくらい冷たく、何で剣道なんかやると言ったのだろうと、本当にやめたい気持ちで一杯になりました。
でも父が私の幼い頃から、私と一緒に剣道をやることを楽しみにしていたことを思うと、言いだせませんでした。
そんな時、母から書道を習ってみたらと勧められ、字を書くことの好きだった私は、すぐに飛びつきました。書道は、順調に級も上がり、書道大会では、入賞することもありましたが、級が上がるにつれて、書体・運筆の技法が高度になり、思いどおりの字が書けず、剣道と同じように意欲もなくなり、何かと理由をつけては練習をさぼるようになりました。
そのような私を見て「由香梨、何事もいやいややっていると上達しないし、ますますいやになってしまうぞ。剣道だって書道だって、はじめた頃の楽しかったことを思い出し、もう一度頑張って見たらどうだ。」と言われました。そのような時、地方の剣道大会で、三位に入賞しました。?もう少し頑張れば、優勝出来るかもしれない?と思い、少しはやる気が出てきて、朝六時に起きて素振りをはじめました。
そのような私を見て父も、一緒に素振りをつきあってくれました。あの頃の父と一緒に汗をかいた練習は、今思えば辛かったけれども、楽しいものでした。そして書道にも、身が入るようになりました。
今も剣道と書道を続けられているのは、私がやめたいと思っていた頃、父の言った「何事も始めた時のことを思い出し、楽しく頑張ることだ」の言葉があったからだと思います。
剣道と書道にはどちらにも?道?がつきます。道のつく習い事、武道はもとより、茶道・華道等は人間形成を目的として、それぞれに努力しているのです。つまり相手に勝つことより、自分に勝つことが大切なんだと思います。
上手い字を書こうと意識したとき、相手の打って来るのを待って押さえてやろうと考えた時、もう既に自分に負けているのだと思うし、このようなときは決してよい字も書けないし、試合にも勝てないと思います。何も考えずに?無心?に半紙にむかった時また、相手と対戦したときは、素晴らしい結果に、つながるものだと信じて頑張っているのですが、無心になるということは大変難しく、それは、多くの練習、稽古から生まれてくるものだと思います。