武男の心の中に何かが芽生えた。新しい構想が武男の頭の中をぐるぐると駆け巡った。
程なく本邦初の専門遊漁業として、「遊漁船布袋丸」の真新しい看板が武男の家の軒先に掲げられた。言うまでもなく仲間の漁師誰もが武男の突然の心変わりに唖然とした。道江は黙って武男に従った。
武男の真面目な性格と超一流の漁師としての腕、そして道江女将の働きに支えられ、遊漁船布袋丸はそこそこ繁盛した。もちろん大鯛をものにした件(くだん)の素人氏も、開業以来、布袋丸へ毎週のように通い続けた。やがて面倒見のいい常連さんの一人として武男の補佐役になるまでに成長した。
ある年のことである。四年に一度の国勢調査が行われた。武男は自身の職業を何とすべきか真剣に悩んだ。一晩考え抜いた末、詳細な職業分類の中から「サービス業」という項目を選び出し印を付けた。
数日後、調査員が調査票の回収に訪れた。
彼は道江に、
「ご協力ありがとうございました。ところで、ご記入に当たり何か疑問の点はありましたか奥さん」
と形式的に尋ねた。道江は職業欄の選択に戸惑ったことを正直に答えた。彼は調査票をしげしげと見つめた。そして、うつむき加減の道江を覗(のぞ)き込こみながら怪訝そうな顔で、
「……お宅はサービス業ですかねえ。お船をお持ちでご商売なさっているのでしょう ? この辺の方、皆さん漁業のはずですがねえ。よろしいですか、これで本当に…… ?」
と言った。
「ええ、主人もそう申してました」
道江はきっぱりととそう答えた。調査員は首を傾げ小言を咳きながら本庄家を去っていった。
その晩、道江は仕事から戻った武男に昼間の話を告げた。
「ええよ、ええよ道江、サービス業でいいんだおう。お客さんに夢を与える新しい商売なんだおう、俺ん家は」
武男は自身に言い聞かせるように肯きながら道江にそう答えたという。
―続く―
新刊紹介
海上保安ダイアリー
(平成十二年版)
海上保安ダイアリー編集委員会編集
電子手帳や携帯型のパソコンなどが全盛だが、手書きの手帳も捨てたものではない。秋には店頭に翌年の手帳が何十種類も並び、選ぶのに目移りするほどである。
そのどれもがユーザーのニーズに応えるべく様々な工夫を凝らしている。けれども実際にながく使われる手帳というのは、いかに使いやすく便利か、いかに業務に関連した内容かということであろう。
こうした中で、今年も海上保安庁職員および周辺関係者向けの「海上ダイアリー(平成十二年版)」が発売された。刊行以来関係者に好評を博している海の手帳である。
四方を海に囲まれ、多大な恩恵を受けている日本では、海上保安の業務に携わる多くの人がいる。そこで、保安庁職員はもちろん、多くの関係者が公私を問わず便利に使えるようにと編集されたのが「海上保安ダイアリー」である。
編集委員には元警備救難監をはじめとする海上保安庁OBを起用し、ダイアリーとしての機能はすべて網羅したうえで、記載には海上保安関係の出来事・海上イベント・潮汐・日没などを掲載。今年はさらに月齢の表記や海難防止の標語なども掲載しさらに充実している。
また、資料には海上保安庁の概要、警備救難・航行安全・水路・灯台関係のデータのほか釣関係のデータや日本の面積・人口といった一般知識や年齢・度量衡・SI単位・郵便料金表などの生活情報も収録した便利な内容となっている。
Yシャツのポケットにはいる便利帳として、関係者にはおすすめの一冊である。
(成山堂書店 TEL 03-3357-5861 定価一、〇〇〇円=税込み、発送費二三〇円)