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新生丸海難を振り返って

岩手県漁船海難防止連絡協議会

幹事長 岩船靖夫(いわふねやすお)

 

まだ記憶に新しい漁船新生丸の海難事故は、遭難通信システムが衛星通信を利用したGMDSSに移行する時期に、新システムの中心装備であるイパーブの作動に問題があったことに加えて情報ミスが重なり、捜索に大きな影響を及ぼした。

ここでは、新生丸の地元で漁船海難防止活動に取り組む筆者が感じたことなどを率直に述べて貰った。

 

第一報の重要さ

 

通報の第一報、または初期通報に近いほど、これが後々の救難対策を大きく左右するものだということを、これほどまでに如実に示したことは過去にもなかったのではないでしょうか。

たった一回のイパーブから発射された遭難警報で直ちに捜索活動を開始した海上保安庁の救助活動が、いったん解除されたのは、まさに事故通報に関するやり取りのあいまいさからでした。

新生丸船主の無線局への最初の問い合わせ電話は「新生丸ですが……」(船主は、「岩手県山田港の私の所有する新生丸のことですが……」の意味合いで話しているのですが)、これに対して無線局は(「……出漁中の新生丸からですが……」)と受け止めていたようです。

この行き違いが新生丸の捜索の対応に大きな問題を残したことは周知のとおりです。

私は、船主の問い合わせの中に、本船から何か連絡がなかったか、など安否を気遣う表現が感じられなかったものか。例え音声が瞬間途切れたり、音声不良や雑音があったとしても「どこからの」「何の用件の」電話かということに思いが及ばなかったものかと思われてならないのです。

物事の経過後は、結果を前提として系統だてた原因究明は可能であっても、海難に係る初期通報は人命の安否に係る重大事です。

例えば、警察署への一一〇番、消防署への一一九番のように「基本的かつ必要事項」例えば、○○町何番地の○○宅が火災です。また受ける側の「反復確認」や「補足質問」例えば、火災の発生した時刻、現在の火災の程度などを質すことも用件の補完上、大切と思われます。

それから、緊急情報に関しては双方のやり取りを録音することもご一考願いたいものです。

 

問題となったイパーブ

 

国際海事機関(IMO)の決議によって、一九九九年二月一日以降、従来のモールス信号から衛星通信を利用した全世界的な海上遭難・安全システム(GMDSS)が各国で全面的に導入されることが決まっていました。

皮肉にも新生丸は、同年一月二十日、間近にせまった二月一日発効のイパーブ(非常用位置指示無線標識)の検査をも兼ね、銚子港向け航走中に起きた海難でした。

私がイパーブについて、特に知りたいと思ったのは、新生丸の事故後でした。

関連報道の中で、海上保安庁が発表した年間の遭難信号の受信件数は約三〇〇件、そのうち九割が誤発信ということでした。

緊急救助を求める重要な遭難信号の九割が救助不要の発信ということには、単純無知な私でも大きな驚きでした。

緊急出動の指示に備え待機している関係機関の献身的な努力が、無駄に終わらないようにしなければと思いました。

海に働く者は、万が一自分が遭難した場合に、出来るだけ早く、確実に救助してもらいたいでしょうから、捜索に支障を生じさせるこのような誤発射を絶対にしないように、普段もイパーブ付近での作業時やイパーブそのものの取り扱いについては、誤発射しないように細心の注意を払う必要があることを、この海難は示したと言えましょう。

 

 

 

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