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沿岸漁業の事故実態と救命衣着用の意義

 

翻って、海の状況はどうであろうか。全国漁業協同組合連合会の調べによると、沿岸漁業の事故(四日以上の休業を伴う海難または労災事故)については表2にみられるように発生件数が近年やや減少しているものの、死亡者数は依然として一〇〇人を越える高水準が続いている。今高水準と述べたが、それは道路交通事故の死亡者割合と沿岸漁業のそれを対比してみると非常に鮮明になる。きわめて単純な計算だが、交通事故による死亡者数を人口で割ると概略〇・〇一%である。これに対し沿岸漁業の場合、その就業者数を二〇万人とすると死亡者の割合は約〇・〇五%ということになる。「戦争」といわれる交通事故の約五倍の死亡率!この数字にりつ然とする者は無論筆者のみではあるまい。

 

表1 チャイルドシート着用・非着用の別による被害の違い

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注1 自動車乗車中における6歳未満の幼児の事故(平成6〜10年の累計)

注2 車両が大破した事故を除く。着用・非着用不明は除く

注3 「致死率」=死者数÷(死者数+重傷者+軽傷者数)×100(%)

注4 「重傷率」=(死者数+重傷者数)÷(死者数+重傷者+軽傷者数)×100(%)

注 「大破」=完全に車両としての機能をなくし、再生不可能と判断される程度の損傷をいう

 

表2 沿岸漁業における事故発生状況

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なぜこれほどまでに死亡者数が多いのだろうか。それは、救命衣未着用が一般化している現状に起因する。「救命衣さえ着用していれば助かった」とみられるケースは非常に多い。一九九八年度の死亡者数一一九人のうち、海中転落によるものが三六人、転覆によるものが一八人となっているが、海に人間が投げ出されるような事故の場合(それが毎年死亡事故の多数を占めている)、かなりの部分が救命衣着用によって死亡事故となるのを防ぎ得たものと考えられる。救命衣着用は人命保護にとって決定的に重要なのである。

 

救命衣着用への道

 

では、それほど重要な救命衣がなぜ着用されないのか。それは現行の法定“救命胴衣”(七・五?以上の浮力を有するもの)では漁労作業に支障があるからと現場ではいわれている。

前記沿岸漁業に従事する漁船のほとんどは、安全法第三二条とこれに基づく政令により救命胴衣の搭載が免除されている状況(二〇総トン未満、一二カイリ以内従事漁船)であり、まずは搭載の法制化が必要であり(北海道は規則により定める漁船への搭載を義務づけている)、さらには瞬時の事故に備えるためには、常時着用も義務化することが望まれる。

現行制度は小型漁船における“救命胴衣”着用推進をほとんど担保し得ないものとみなさざるを得ない。対応の立ち遅れと述べたのも、このような実状を指してのことである。先述の交通事故対策・チャイルドシート着用義務化と比べると、何と大きな落差があることか。

少なくとも、1] 法定基準の見直し2] 作業性がよく、ある程度の安全性を確保し得る“救命衣”を開発・普及3] それを常時着用するよう行政が本格的に奨励・指導(あるいは補助)すること4] さらには、常時着用がある程度定着した際に、着用義務化を検討すること等が緊急に必要ではないか。

このまま高水準の死亡事故発生状況を放置しておいていいはずはない。漁業者の安全対策運動が盛り上がりつつある今こそ、政策の光が当てられるべきであろう。

 

 

 

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