日本財団 図書館


何と第三章がすべて欠落していたのであった。しかもご丁寧に第二章の末尾に「自十二頁至二十二頁失軍務局」と記載されている。第三章を本当に不可抗力により失ったのであろうか。

いや絶対に違う。よく見ると、第三章は鋭利な刃物のようなもので丁寧に切り取られている。誰かが意識的に第三章を切り取り闇の彼方に葬ったに違いない。

幸いなことに第三章最後の頁の数行が切られずに無事残っていた。「附表二震災地方入渠海軍艦船損害調査票」の一部であった。「横須賀地方第一船渠第十四潜、横倒、左舷ニ約四十五度傾斜転倒左舷水平舵屈曲船底各部ニ変形アリ二次電池大半破損……」とある。また「波十号、横倒、支柱外水船体左舷ヲ下ニシ船渠底ニ墜落左舷水平舵屈曲外板各所変形シ電池液流出……」とある。

予想どおりである。この第三章には、関東大震災によつて帝国海軍が受けたすべての被害が詳細に取りまとめられていたのだ。重油タンク崩壊の話も、もし事実であるならば詳しく記載されていたに違いない。しかし誰が何の目的で切り去ったのであろうか。疑問の雲が頭の中でにわかに沸き立った。

「第三章の記載内容を彷彿(ほうふつ)させる何かが他の章に隠されていないか」私は藁にもすがる思いで必死に探し続けた。そして見つけたのである。

まず「第四章 震災後ニ於テ執リタル処置」では「第二節横須賀鎮守府及在横須賀方面海軍官庁」の「五、横須賀港務部」の項で、次のように記述されていた。

「九月一日激震ニ遭ヒテ陸上方面ノ惨状言語ニ絶エタルモ海上方面ニ於テモ箱崎重油槽ノ炎上セルアリ……(中略)……箱崎重油槽ノ火災ニ対シテハ防火船二隻ヲ派遣シタルモ防火ノ目的ヲ達セズ火災次第ニ拡大シ沖一番ノ榛名危険ニ陥リシヲ以テ辛フシテ之ヲ港外ニ曳キ出ス……(以下略)」

また「九、横須賀防備隊」の項では

「……(中略)……燃焼重油ハ海上ニ流出シ港内外危険ニ瀕セシヲ以テ全船艇ヲ港外ニ避泊翌朝皈港セシム」と記述されていた。さらに「十一、横須賀海軍航空隊」の項では

「……(中略)……箱崎重油庫ノ煙焔ハ天ニ沖シ……(以下略)」

とあった。

さらに続く。「第五章 震災ニ因ル艦船部隊ノ行動」では、この箱崎重油タンクの流出・炎上について、日進、阿蘇などの軍艦による個別対応が触れられていた。

「日進……(中略)……午後三時半燃焼重油海上ニ浮流シ内港危険ニ瀕シ依命出港用意ヲナス午後六時半港外ニ避泊ス……(以下略)」

「阿蘇……(中略)……午後三時半燃焼重油第二区港外ニ流出シ港内危険ニナリシヲ以テ至急点火出港準備ヲナス……(以下略)」

「鳳翔……(中略)……午後一時半防火隊ヲ派遣ス燃焼重油ノタメ港内危険トナリシヲ以テ午後三時至急点火五時港外ニ避泊ス……(以下略)」

「関東……(中略)……箱崎海岸ノ?重油タンク?ノ火災猛烈トナリ海上ニ流出セル燃焼重油ノタメ港内危険ニ瀕セシヲ以テ直ニ出動準備ヲナス……(以下略)」

次の軍艦大泊の報告はこの火災の規模を知る上で大変興味深い。

「大泊九月一日横須賀軍港十五番浮標ニ繋留中地震ノタメ箱崎重油タンク火災ヲ生シタルヲ見テ吾妻山火薬庫ノ延焼ヲ防止スルタメ艦員ヲ派遣シ見張並ニ防火ニ従事セシメ同時ニ至急点火後港外ニ避難ス八日ヨリ十七日迄重油?タンク?防火作業ノタメ人員ヲ派遣セリ……(以下略)」

さらに続く。

「第十駆逐隊(蔦、萩、藤、薄)……(中略)……零時十五分箱崎重油?タンク?火災黒煙天ニ沖シ……(以下略)」

「第十三駆逐隊(駆四、駆十、駆十六)……(中略)……八日乗員ヲ横須賀陸上ニ派シ重油タンク防火ニ従事セシメ……(以下略)」

以上がすべてであった。これで横須賀軍港内の臨海部、箱崎の重油タンクが震災により倒壊し重油が海上流出したこと、同時に大火災が発生しその消火に十七日間を要したことはわかった。

しかし流出量は一体どのくらいであったのかは皆目見当がつかない。日本海難防止協会の報告書が述べていたように、流出重油はいったん千葉県浦安付近にまで達し、後に神奈川県の八景湾に戻ってきたのだろうか。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION