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常連さんは決して排他的な変わり者ではなかった。彼らに言わすと、この修行は初心者達に早く自分達と同格の技術を身に付けてもらい、仲間として迎え入れたいがための愛の鞭であったのだ。

この時代の遊漁は、いわばセミプロ集団による団体競技であった節がある。団体競技を皆同じレベルで楽しみたいからこそ、常連さんの愛の鞭は初心者に対して厳しかった。無論、船頭も見て見ぬふりをしていた。

今や遊漁の様相はがらりと変貌した。遊漁業がサービス業の一つであることに多くの船宿は気付いた。程無く船宿は斡旋業からの撤退を開始した。自身が専用の遊漁船を持ち、サービスに工夫を凝らして客を呼び、その代価として収入を得るようになった。

一方「知らない者同士、釣りの技量は互いに違っていても、各々のレベルでその日一日楽しく釣りをする」という考え方があることに客自身も気付いた。

ここに遊漁は、団体競技から団体レクリエーションヘと大きな変貌を遂げたのである。

船頭は各船宿の専属となり、客全員を公平にいかに一日楽しませるのかを常に考えるようになった。船頭は団体レクリエーションのためのコーディネーター役に徹するようになったのだ。

常連さん達は船頭の補佐を努めるボランティアとなった。常連さんが自分自身の釣りを顧ず、初心者のための懇切丁寧な釣り指導をする。常連さんが他の釣人の絡んだ仕掛けを解くために船上を忙しく駈け回る。そんな光景がどの船でもごく普通に見られるようになった。

女将さんの存在も忘れてはならない。朝の船宿の待合所では出港準備に余念のない船頭に代わり、女将さんがお客さんからの問い合わせやリクエストをてきぱきと笑顔でこなす。やがて出船時刻ともなると、桟橋に一人立ち、笑顔で手を振って釣客を送り出す。帰船時には同じく笑顔で彼らを出迎える。釣客は釣れても釣れなくても、「今日は一日楽しませてもらってありがとう」と感謝の意を込めて笑みを返す。帰港後、女将さんが心をこめてこしらえたおいしい昼食のサービスが待っている船宿も多くなった。

こうした努力の結果、今や遊漁は名実ともに国民的巨大レジャー産業の一つであると位置付けられるようになった。遊漁人口は一説によると今や五百万人を優に超えたという。最近では、船上で若い女性や子供達の姿を見かけることも珍しいことではなくなった。

カラフルな装いの女性や若者達で溢れる船内を見渡し、かつての常連さん達は、きっと遠い昔の自分達の修行時代を懐かしく振り返るのではなかろうか。

 

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設備の素晴らしい現在の遊漁船

 

船の設備の進歩も目覚しい。バウスラスター、衛星を使った位置測定装置、最新のカラーレーダーや魚探、過去の釣場や釣況などを画面上に正確に表すプロット装置などは今では当たり前の装備となった。最近では、ソナーを搭載し周囲三次元の魚群の動きを詳細に察知できる機能を有するハイテク遊漁船まで出現したというから恐れ入る。

居住設備も然りである。一昔前の遊漁船の厠といえば、単に丸い穴が開けられた板子一枚が船外に突き出していた。今となっては笑い話である。昨今、どんな遊漁船にも水洗トイレが設置されている。

中には専用の化粧台付きの広いトイレを設けたり、着替えのための専用室まで用意し、女性客の獲得に積極的に乗り出している遊漁船さえもある。冷暖房完備のゆったりとしたキャビン、弁当を温める電子レンジや給湯設備、電動リール用の船内電源なども、遊漁船の設備としてはごくごく当たり前の時代となった。

―続く―

 

 

 

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