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“どこに行っても同じ結果ですよ”という医師の言葉を背中で聞きながら。

腕の損傷よりも精神の傷の深さから、夫は自力で歩くことが出来ない。車イスに乗り診察室に運ばれた。慎重な診察。長く長く感じた時間の流れ。その結果は「左上腕神経性マヒ」神経は切れていなかった。長時間圧迫のため、神経の一部が極度にマヒしている状態とのこと。薄ぼんやりと希望の光が見えてきた。夫の入院プログラムにハードなリハビリ、また、最新の検査、治療が組み入れられた。

人間の身体ほど正直な物体はない。夫の左腕はたったの一週間で筋肉が固まり、他の力を借りても少しも動かず、そのために過酷なリハビリが続き、そして定期的に行われる検査は、傍らで見ている家族にも辛い光景。

左上腕の神経に薬液を注入し、その流れをカメラで写し出し、マヒしている箇所を明確にし、刺激を与える「痛点ブロック」。その夜はマヒしている神経が一時呼び起こされるのか、波のように押し寄せる痛みで一睡もできず、痛み止めの座薬を入れ、それも効かず、呻きながら朝を待つ。

リハビリと痛点ブロックの繰り返し。百十二日目、指先がしびれ微かに動き始めた。百三十五日目、一キロの重りが持てた。百八十日目、夢に見た退院の日。

一瞬に起こった船内事故、夫は運がよかったのかもしれない。元には戻らないといわれた左腕が今では普通に動き、以前のように元気に操業している。

しかし私は、不幸にして亡くなった夫を持つ妻の悲しみを何度見てきたことだろう。そしてこれからも幾度の涙を見るのだろう。明日のわがみと身体を震わせながら。

昔も今も根本的には変わっていない漁師の生活。増えることのない自然の恵みを神仏に祈りつつ当てがなく待つ毎日。作り育てる漁業を目指しながらもできない現状。何の保障もない生活が焦りとなり一番大切な「安全操業」という四文字を忘れてしまう。

自然の恩恵といわれる魚も、これからは未来のために、天候に左右されることのない栽培漁業へと目を向けていかなければならない。

捕るばかりの漁業から、育てる漁業へと切り換えていかなければいけない。漁業者たちが真剣に未来を見つめ、考え、協力し、計画的な漁業経営が安全操業へと結びつく。栽培漁業という経営手段が安定収入となり、そして家で待つ女たちの安心感が漁業後継者を育てていく。

子供たちが漁業経営に関心を持ち、いろいろな知識を身につけ、今までの恐ろしい、汚い、疲れる、収入不安定等の昔からの漁業イメージを脱皮し、父親と共に大きな夢と光輝く未来を次の世代へと伝えて行ってほしい。

本当に「安全なる漁業経営」を考える時代が、今、来ている。

 

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「標語」の部 優秀賞 5点

○支えます 軽い保護具が命の重み 小原光信(日本水産(株))

○飲んで良く効く薬より 控えて防ごう習慣病 広兼弓夫(日本水産(株))

○Little neglect breeds great mischief. Joemor Dador(出光タンカー(株))

○ヒヤリ作業を見過ごさず みんなで改善無事故の職場 佐藤富也(出光タンカー(株))

○食糧保存に創意と工夫 鮮度良しで始める調理 藤井正幸(出光タンカー(株))

 

 

 

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