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海国日本と戦没者

海事史研究家 野間恒(のまひさし)

 

はじめに

 

平成九年七月、(社)日本海難防止協会、(財)海上保安協会主催で「全国海難防止強調推進大会」が開催された。

 

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平成9年度全国海難防止強調推進大会で

 

会場(船の科学館)には三百人余もの老若男女が集まったが、なかでも印象深かったのは《尊い人命と地球環境を守ります》と書いた横断幕をかかげて舞台にたった幼児、児童たちの愛くるしい姿であった。

とっさに?この子たちのためにも地球をこれ以上汚してはならない?と思い、?今日この会場に来てくれた児童や若人には海や船に愛着を持ち続けてもらいたい?との期待が胸を横切った。

 

幼児記憶

 

女優の高峰三枝子さんが生前に「後の心配がなくなったら毎日おはぎを食べて暮らす」といっていたのを思い出した。この大女優がおはぎをそれほど好きだったのはおそらく幼児記憶に由来するものと考えられる。その意味で、幼いころから潮のかおりをかぎ、海原を行く船に乗るなどして〈幼児記憶〉を醸成してもらうことが、次世代が〈海の子〉になってもらう近道になろうかと考えた。

私たちの若いころは「われは海の子白波の―」のメロディーが周りに渦巻いていた。だから知らず知らずに誰もが海に関心を持つようになり「将来は海外に雄飛しよう」とか「大きくなったら船乗りになろう」などと希望を抱いたものである。

この空気醸成には海軍絡みの政府施策もあっただろうが、自国商船隊の強化が輸出立国の運命を背負う日本の生存に欠かせないという認識が社会にあったればこその結果であろう。

 

海に対する日本人の認識

 

翻って、いまの日本はどうだろうか。日本海軍が重要視していた《海防》のウエイトは一向に代わっていない。一朝有事の対応は別にして、平素の海防は海上保安庁の船や人がこの任務を果たしていること。そして漁船はいうに及ばず商船による輸出入なくしてはこの国は生きて行けないことなどは自明の理である。

それであるのに、マスコミをはじめとする社会一般の認識の低さは嘆かわしいほどである。同じ交通手段であっても毛色の変わった塗装の旅客機が現れたり、新型乗用車が出るたびに紙上で詳しく報道されるが、船の方は海難でも起こさぬ限り記事にしてくれない。

「海の日」が国民の祝日になってから三年になるが、この機会に海事意識を高揚しようという機運が醸成されているようにも感じられない。

七月二十日が近づくと帆船などのきれいなポスターが印刷され、業界団体が各地の海の祭りのような行事に協賛するものの、あと三六四日は「海の日」の精神の痕跡さえも見出すのが難しいほどである。これでは昭和十六年、海事思想普及を期待して「海の記念日」(海の日の前身)を制定した当時の逓信兼鉄道大臣村田省蔵(もと大阪商船社長)も草葉の蔭で嘆いているに違いない。

 

 

 

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