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日本近海には多くの輻輳海域が存在し、世界的にも操船が困難な海域とされているにもかかわらず、その海域における船舶交通の実態は、高速のスポーツカー、大きなトレーラー、一般自家用車、小さく遅い自転車等が走行レーン分けもなく、何の管制も受けずに各々の意志に基づいて運航されているのと同じ状況であるといえる。自動車業界関係者が、多くの行動規制を実施しても発生する自動車事故の状況から、このように行動規制のほとんどない状況下における船舶衝突事故の発生率の少なさに驚くのも当然である。

熟練操船者の技能と努力が衝突事故発生率の現状維持を継続しているのである。「諸外国の状況と比較すれば、日本近海は全域、強力な交通管制に置かなければ安全の向上などあり得ない。」という意見を熟練船長から聞くが、これが実状であろう。

(3) 行動規範の抽象性と多様性

船舶内の人的配置、運航速力レンジ、操作量配置等の船舶運航方法が現代の形態となって数十年以上を経ているが、船舶運航上の具体的なガイドラインやマニュアルが提案されたことはない。船舶運航は、現在も数少ない交通規制と経験則にのみに基づいて実施されており、結果的には、一人の操作船者が一つの操船方法を有するという職人的技術の集合が操船技術となっている。

多様な操船を生み出している原因として考えられるものは次の二項目である。

◆交通規制の抽象さ

海上交通法規は海上衝突予防法、海上交通安全法と港則法である。海上衝突予防法は二船間に発生した衝突機会を避けるために、信頼に基づく互いの義務(避航義務、保持義務等)を規定したものである。この海上衝突予防法に基づき避航する場合、操船者は法規定の衝突のおそれが発生したか否か?法的に十分に避航できたか?等の法解釈を行い、かつ具体的な船体運動制御を行っているのである。

さらに、複数の船舶との衝突機会においては、明確な法的指針はないのである。他船運動および行動も推測と信頼の域を出ず、自船のとるべき行動も法解釈しなくてはならないのでは、抽象的かつ複雑すぎる規則といわざるを得ない。

衝突を避けるための交通規則は、自分にとっても相手にとってもそのとるべき行動が明確に規定されるシンプルなものでなくてはならないと考える。

海上交通安全法や港則法においても同様であり、例えば港内速力の制限とは一体何ノットとすればよいかは明確に規定されておらず、操船者判断に委ねられている場合も多い。

法規の性格上抽象的な表現とならざるを得ないことは認めるが、行政指導等によるきめ細かい指導は不可欠である。個々の船舶の操船者個人に、時事刻々発生している衝突回避行動のたびに法解釈を求めることは異常な事態と言わざるを得ない。

◆経験の蓄積と継承の不足

多くの船乗りが長い乗船経験を積んで熟練操船者となる。今も、熟練操船者となることを目指して同じ道を同じように歩んでいる者たちがいる。多くの分野では、初心者が同じ失敗を繰り返さないために、また効率よく技能を身につけるために、ガイドラインやマニュアルが作成され活用されている。船乗りにおいてはどうであろうか?残念ながら、操船上のガイドラインやマニュアルが提示された例を見ないのが実状である。

石油メジャー系の海運会社におけるマニュアルの存在はあるが、日本の海運会社では存在しない。日本の船乗りにおいて、操船上の経験、技術情報およびコツは操船者個人にのみ蓄積され、継承されていないのが実状である。

非効率な技能の修得ならびに定着方法であり、結果的に、操船者一人ひとりが各々の操船法を持つものとなり、多種多様な操船行動を助長するものとなっている。交通問題において、個々の移動体が多様な行動を取ることは問題を複雑にするだけで、解決に繋がらないと考える。

−続く−

 

次回の内容は、「システム化への姿勢」、「船舶運航システム化の新たな方向性」などとなっている。

 

 

 

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