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船舶運航の特殊性

 

「システム化」が船舶運航の安全性確保等において唯一選択できる現実的な対応であることを述べ、現在試みられているシステム化には幾つかの課題が存在することを指摘した。船舶運航の持つ特殊性とその実態の把握および整理の不足が、これらの課題を発生する要因となっていると考えられる。そこで、現状の船舶運航が抱える特徴および特殊性を整理し、適切なシステム化プロセスの方向性を探る起点とする。

 

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マ・シ海峡を航行中のVLCC

 

(1) 船体運動の鈍重さと多様さ

船舶も自動車、飛行機、電車と同じ移動体であり、障害物を避けながら計画通り目的地に到着するように操縦することを任務として運行されている。船舶を操縦することの大きな制御上の特徴は、応答運動が極めて鈍重であることである。

すなわち、船舶の質量が極端に大きく、操作量である舵とプロペラの発生する制御力が、大きな質量の生み出す慣性力に比し、極端に小さいのである。移動体重量当たりの速度制御力の例を示すと、ジャンボジェット機が八五〇馬力/トン、自動車は一〇〇馬力/トン、新幹線六馬力/トンであるのに対し、VLCCは〇・一馬力/トン(七〇W/トン)である。

VLCCの速度制御力は自動車の一〇〇〇分の一で、一般的な車重一トンの自家用車を模型用直流電動モーター(七〇W)で制御しているのと等しい。

また、VLCC船舶の針路制御時の操舵応答における時間遅れは三〇〇秒(五分)を超えるといわれている。舵を切って回り始めたと確認できるのに五分程度が必要なのである。この例からも明らかであるが、船体を操ること自体が極めて困難な作業であり、意のままに操るなど不可能であると考えるのが当然である。

この船体運動の鈍重さから、船舶の操縦は、飛行機や自動車のように反応で対処できるものではなく、予測、計画、実行および評価というプロセスを経て実施されている。また、船舶には飛行機や自動車のような型式は存在せず、個々の船が異なった操縦特性を有する多様さが存在し、操縦者は前述のプロセスの繰り返しを通じて、個々の船舶に対応した操縦技術を学習しているのである。現状は、熟練操船者の職人的技能により辛うじて実現されているととらえるべきものと考えられる。

(2) 希薄な交通管制

船舶運航において、操船が困難で危険な場が存在する。それは狭水道、輻輳する海域、港の近傍、港内などである。他船との遭遇機会の多い海域、地形的拘束などがある海域であり、自船の操船行動が拘束される機会の多い場である。

他の交通機関においても同様の場が存在し、そのような場では、制御し得る対象として移動体交通の整流等を実施することで衝突機会の発生自体を防止する処置がなされている。自動車交通における通行区分や信号機規制、飛行機運航における飛行経路区分や空港における離発着指示などの交通管制である。

船舶交通ではどうであろうか?ヨーロッパでは水先案内と協調した交通管制がなされていることが多いが、日本では、海上交通安全法の対象海域における巨大船への弱い拘束力を伴う管制が実施されているのみである。日本近海に多数存在する漁船を含む小型船への個別の管制はほとんど存在せず、通信手段すら存在していないのが実状である。

 

 

 

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