個々の船がそれぞれに収集した情報と判断に基づいて勝手に航行する交通環境では、どのように優秀な人と船をしても事故は発生すると考えられる。熟練した操船者達の誠意と熱意が、法拘束以外に整流も指示もない輻輳した環境の中を、かろうじて安全を保ちながら航行させているのが現状である。
操船者が求めているのは、整流された交通環境、安全を保証された通航指示と自然・交通環境の正確な最新情報と思われる。より詳細かつ確実な海上交通管制サービスが日本に適用されることが望まれる。
(3) シミュレータ教育システム
船舶運航の構成要素である環境と船舶のシステム化が進められ、残る一つの最も重要な要素である人(操船者)にもシステム化への対応が強く求められている。超大型船および新型式船舶の出現、輻輳化の進展、新航海機器類の装備などが、知識・経験重視の従来型操船者育成による対応では不可能であることを証明し、実務能力重視の体系化された操船者育成への交換が必要となっている。また、操船者に求められる機能も従来の対応作業機能から管理(Management)機能に移行してきている。
これらの動きは、船舶運航の構成要素間における、環境と船舶のシステム化レベルとの不整合を防止するための、残った人(操船者)要素のシステム化である。人は機械ではないので人(操船者)要素のシステム化とは、システム化された環境と船舶のもとで船舶運航システムの能力を十分に発揮できる人(操船者)の育成・訓練を示すものである。
従来の操船者育成が操船技術を構成する各作業に関する知識取得、海上経験による操船技術の定着および総合的な操船における潜在的能力(ポテンシャル)の証明で構成された知識・経験重視型であったのに対し、これからの操船者育成には操船技術を構成する各機能ごとの対応と管理的色彩の強い実務的能力の証明が求められる。
この新しい操船者育成システムの意図は二つある。一つが潜在的能力(ポテンシャル)ではない実務的操船能力の確実な証明であり、他の一つが機能ごとの技術区分による環境と船舶のシステム化への柔軟性の確保である。
人(操船者)のシステム化ともいえる新たな操船者育成のシステム化として試みられているのがレーダーシミュレータ、操船シミュレータによる教育・訓練である。特に、操船シミュレータは実務的能力の証明に使用されることが計画されている。
操船シミュレータは三十年前に開発され、欧米を中心に活用され、船員・パイロットの教育・訓練のみならず、港湾・航路開発における操船アセスメントにも利用され、すでにその有用性は世界的に認知され、公的な認定を受けている国も多い。日本を除く、欧米の船員・パイロット育成機関ではシミュレータ教育訓練はカリキュラムに必ず組み込まれ、さらに、海上履歴の代替えともなってもいる。
一人の操船者が実務で経験できない船種・海域・航海機器・状況への多様な対応、操船者が取得・整理困難な操船技術上の主要な原理、原則等に関する体系的な教育、訓練となっている。また、システム化に伴う省人化において、人および機械(システム)の能力を十分に発揮させるためのリソース・マネージメント等の管理教育・訓練も行われている。
将来にわたって、激しい変貌が予測される環境と船舶における効果的、かつ有用な人(操船者)育成システムとなっており、不可欠なものと考える。
シミュレータ教育・訓練は欧米における十分な実績を有し、世界の海運界からの期待も大きいが、シミュレータ教育・訓練の有用性をより高めるためには幾つかの見直しが必要であることが指摘されている。
1]シミュレータ活用以前の操船技術の体系化
2]個々のシミュレータ適用限界に対応した教育・訓練法
3]シミュレータ教育・訓練機会の平等な提供
環境と船のシステム化等の変貌は操船者育成システム全体の変革を必要としているのであって、海上経験をシミュレータ経験に置換してすむものではない。環境と船の技術動向・システム化レベルに対応できる操船技術そのものの再体系化が重要であり、その教育・訓練ツールとしてシミュレータが効果的なのである。また、目的に対応した適切なシミュレータにおる養育・訓練の機会が多くの操船者に平等に与えられなければ、操船者育成のシステム化による実務上での効果を期待することはできないと考える。