そこで、各消防署所の所属ごとにビデオを一巻、各人にテキストブックを配布し、まずは職場における自己啓発のための教材としての活用を狙った。
次に、平成一一年度からは、救急隊の年間教育訓練計画の一部として取り込み、業務として各救急隊において計画的に訓練を実施し、習熟を図っている。
その一環として全救急隊員を対象とした集合教育の中で講師を招いて手話講習を開催するとともに所属ごとでは東消防署において、テキストの中でも手話指導を担当して頂いている金子さんを迎え、直々の指導による講習で学んでいる。
五 奏功事例等
老女が自宅居室で腰部痛のため動けなくなった。家族が手話通訳を行っているが、外出のため自宅には老女だけとなっていた。救急要請するのが精一杯で、到着した救急隊員が、どうしましたと問いかけるが返答がない。手話で問いかけると患者の顔に安心感が伺えた。どこが痛いですか?とコミュニケーションを図る。掛かり付けの病院へ無事搬送となった。
このように聴覚障害の傷病者がいち早く安心でき、健聴者と同じように情報のやり取りができたものである。
六 おわりに
今回この「防災用語手話マニュアル集」の作成に携わり、率直に感じたことは、もっとこうすれば良かったという反省点も沢山あるのだが、それよりもマニュアル集完成にあたり、社会の反響が非常に大きかったことに驚かされた。地元の新聞社をはじめテレビ局数社から取り上げていただき、マニュアル集完成から、その後の取り組みの様子に至るまで全国ネットでピーアールしていただいた。暫くは全国の消防機関からの問い合わせが殺到し、対応が大変であった。これほど大きな波紋となるとは予想だにしなかったというのが本音である。
思うに、市民サイドから見れば、この新しい試みが現代社会が要求する消防行政サービスの一つの方向性として、快く理解されたことの証かも知れない。一方、消防側の事情を考えると、やはり同様の問題意識を抱えていた消防本部もあったということであろうか。これらの点において、先駆として形を表すことができたのは非常に嬉しいことである。
冒頭で聴力障害者と接する機会が少ないであろう現状について述べたが、逆説的に考えると、コミュニケーションが取りにくいために、聴力障害者も私たちの職場に出向きにくく、一方で私たちも何となく対応がうまくできないという悪循環となっていることも考えられないだろうか。潜在的にはもっと多く接する機会があるのではないかと今回の仕事を通じて感じたものである。
最後に、私たちが理解しておかなくてはならないのは、ブームの陰に隠れた「手話」と「聴力障害者」の今日に至るまでの歴史であろう。詳しくはここでは述べないが、手話を「流行」とか「ブーム」とかいう言葉で簡単に語ってしまってはいけないと思う。そこには私たち健常者が簡単に言及することはできない苦悩の過去がある。この点を考えても、今回、このマニュアル集作成にあたり、惜しみなく協力していただいた聴力障害者の皆さんにこの場で感謝の意を表さずにはいられない。
この新しい試みはまだ始まったばかりである。手話を覚えることも大切であるが重要なことは「心のふれあい」であり、その精神のもとに聴覚障害者と接するように心がけることである。
何年後にどのような効果が顕著に現れるのか予想はできないが、引き続き地道な努力を継続し、聴覚障害者が健聴者と同等に安全、安心を享受できるようにしたいと願っている。
なお、このマニュアル集とビデオテープに関する問い合わせば福岡市防災協会業務課(〇九二-八四七-五九九〇)までお願いします。