心の健康―職場のメンタルヘルス―
ヒューマンリエゾンカウンセリングルームカウンセラー 菊地章彦
一 心の病
メンタルヘルスという言葉を耳にすると、自分には関係ないと思う人が多いようです。そのように思う人は、おそらくメンタルヘルス不全状態を連想しているのでしょう。確かに、そのように思うことがあながち間違っているわけではありません。メンタルヘルスの起源は精神衛生活動にありました。一九五〇年代になると、精神医学における薬物療法が発展してきました。これまで精神疾患になると社会復帰が困難でしたが、復職が可能な時代になってきたのです。そこで精神疾患に対する偏見を無くし、身体病と同じように、病気がよくなれば復職の援助をしていこうとする動きが出てきたのです。集団には身体病になる人がいるように精神疾患に罹患する人も必ず何人が出てきます。そのような人の早期発見・治療・アフターケァーが精神衛生活動だったのです。やがて、一九八七年になると精神衛生法が改正されるようになりました。改正ではメンタルヘルス不全状態に陥った人への対策だけでなく、健常者への予防も必要であることが言われるようになってきたのです。
二 メンタルヘルスはあなたの健康問題
働く人にとっても最も身近な法律に労働安全衛生法があります。一九八八年にはその法律の一部が改正されました。そこでは、メンタルヘルスを心の病としてとらえる従来の考え方を捨てて、広く心身の健康問題としてとらえるようになったのです。これが職場のメンタルヘルス対策の誕生と言ってよいでしょう。この対策はトータルヘルス・プロモーション・プラン(THP)と呼ばれるようになったのです。
これまで簡単にメンタルヘルスの歴史を概観しました。メンタルヘルスは二つの方向があると言えます。一つは「精神疾患に罹患した人への援助活動」です。もう一つは日常生活で悩みを抱えながら、それでも毎日働いている人たちの「心身の健康をサポートしていく活動」です。健康は自らが積極的に取り組むことが大切です。それを職場も一緒に支えていこうとするものです。
三 心と体の健康
それでは次にもう少し心身の健康が問題になってきた背景にふれてみましょう。職場の健康管理は結核予防から始まったと言えます。一言でいうなら感染予防が主力だったのです。医学の発達により、その問題はあるレベルまで解決してきました。しかし、新たに問題になってきたのが成人病問題なのです。成人病とは高血圧や脳卒中、虚血性心疾患などや癌のことです。中高年になるとこのような病気になる人が増加してきました。この問題を考えていくと、「遺伝的素因」と「ライフスタイルの偏り」が関与していることが明らかになってきたのです。成人病予防対策として「ライフスタイルの偏り」をいかに変えていくかということがクローズアップされてきたのです。今、厚生省は成人病と呼ばないで、生活習慣病と呼ぶようになりました。日常の生活習慣そのものが病気を引き起こしていくということなのです。そのリスク要因として三つ挙げられています。一つは運動です。私たちは便利な生活をしています。ちょっとしたことでも車やエスカレーターを使います。いつのまにか体を動かさなくなっています。体のコントロールが必要です。二つは栄養です。毎日の食卓には美味しいものが並びます。ついつい食べ過ぎてしまいます。食事のコントロールが必要になりました。最後はストレスです。現代社会は様々なストレスがあります。そのストレスをいかにコントロールしていくかが必要になりました。「病は気から」と言われています。人間の精神と身体は深いところでつながっているのです。この意味で生活習慣病とメンタルヘルスが関わっているのです。科学技術の発達は私たちの生活を豊かなものにしてくれました。しかし、この豊かさを享受しながら、どこかで何かが失われていることを直感しているのが、現代に生きる私たちの姿ではないでしょうか。心と体の深いところでの亀裂を感じています。今、心身症が多くなってきているのもこの現われなのかもしれません。