日本財団 図書館


一連の研究で明らかになってきたことの一つに、「人々の善意を有効にコーディネートする仕組み作り」の重要性があった。このことについては最近、東京ボランティア・市民活動センターでまとめられてきているのでご参照いただきたい(本稿末文献リスト参照)。

この災害ボランティアをめぐっては震災当初から、福祉以外の分野からも、多くの研究者が注目していた。特に心理学の分野で援助論を専攻している研究者は熱い視線を向けていた。「なぜ人は人を助けるのか?」という課題に対して彼らは、例えばサクラを使った街頭実験(チンピラ(これはサクラ)にからまれている一般人(これもサクラ)をどのように眺め自らの行動をとっていくかを観察する)などを積み重ねてきていた。今震災では「茶髪・ロン毛・耳ピアス」の若者が、しかしながら本当に果敢に献身的に効果的に活躍したことが広く認識されることとなった。「今の若者は…、しかし、なかなかやるもんだ!!」。なぜ彼らはかくも立派に動き得たのであろうか?そしてそれを震災社会ではいかに受け入れてきたのであろうか。心理学者がこうしたボランティアが多数参入していた避難所運営の実態調査を企画することは論理必然的なことであり、心の問題を研究する人々が避難所を研究したとしても、それは決して不思議なことではないのである。

 

四、災害の社会科学的研究における不可欠の視点〜プルーラルな視点

 

(一) PTSDとCIS

心理学者はまた今震災で非常に重要な活躍をした。いわずもがなであるが、それはPTSDという症状を概説して「心のケア」を精力的に体系的に展開したことである。Post-Traumatic Stress Disorder(心的外傷後ストレス障害)とは、予想だにしなかった大災害に直面し、恐怖を体験したり、肉親や家を喪失する体験をした人はトラウマを感じ、災害後かなり時間がたっても、驚愕反応や神経過敏、退行現象、睡眠障害などに悩まされることがある、という精神的病を示す言葉である。阪神大震災では特に「子供の心のケア」の重要性が指摘され様々な援助・救援活動が展開されてきた。

しかしながら本稿ではこのことをもう一つ別の視点から解説してみたいと思う。社会科学、特に社会学では一つの現象を多様な視点で再検討してみる(pluralism:多元化)、という反省的な姿勢が要求されている。巷でいわれていることを鵜呑みにせずに、自身の視点で検討して見よ!!という忠告である。

被災の模様が被災地外の我々のもとに届くのは、例えば取材陣や現地調査者等々が現場の状況を把握し、それを伝達したからに他ならない。特に救助に従事するレスキュー隊や救急隊員、自衛隊や警察官等は凄惨な現場の最前列に位置する。凄惨な場面に直面した被災者の心の傷と同様のインパクトをそうした「救援者」も必ず受けているはずである。

 

「まだこの下に居るんです。行かないでください、助けてください」。倒壊した家屋の前で、家族がすがりついてきた。/だが、次に向かう現場はすでに決められている。「必ず、ここにも救助隊が来ますから」と励ますしかなかった。先を急ぐ隊員達の背中に、なおも救いを求める声が突き刺さる。涙を流す隊員もいた。/「あの時ほど、つらいことはありませんでした」。三年前の阪神大震災での情景を今でも夢に見るという。/「あの被災者はどうなっただろうか」。帰京後も考え続け、一ヶ月というものは毎夜、夢でうなされた。〜『読売新聞』一九九八年一月二三日「変わる消防(四)」〜

 

災害救援者としての心的外傷体験(Critical Incident Stress:「惨事ストレス」等と呼称する)である。凄惨な交通事故の現場に出場することは日常的なことであるし、目の前で同僚が炎に包まれ結果的に殉職してしまうといった事態に遭遇することもある。PTSDと同様、CISというのも、これも全く重要な心のケアの問題である。

惨事ストレスヘの対処法としては、1]解隊サービス(=Demobilization:活動中に十分休息がとれる状況を確保する)、2]デフュージング(=Defusing:現場での活動を端的に報告してから任務を解く)、3]デブリーフィング(=Debriefing:概ね四八時間以内に事後報告=デブリーフィングを実施し、ストレス反応に関する専門知識を持つカウンセラー等の誘導で体験・感情を整理・受容していく)、などがある。映画「タワーリングインフェルノ」には、主人公の消防士(スチーブ・マックイーン)が高層ビルの消火に当たる中、部下と物陰で談笑しながら休息をとる場面がきちんと描かれている。解体サービス=デモビリゼーションの一例である。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION