日本財団 図書館


「活動中に笑顔などとはけしからん!!」、とか、凄惨な場面に心を痛めている隊員に「根性が座ってない!!」、「気合いを入れろ!!」、等々、精神論をブツのはそれが発破のつもりであっても論外なのである。東京消防庁では惨事ストレス解消を支援するため、デブリーフィング制度を導入し、同僚支援職員(デブリーファー)を養成することに着手している。

PTSDやCISは何も阪神大震災後に始まった新しい症例ではない。日本には最近紹介されまだ馴染みが薄いというだけである。近代戦争を体験している国々では、効果的な作戦展開のために兵役のローテーションとして解隊サービスは実施されてきているし、ベトナム帰還兵の社会的不適応は米国で大きな社会問題とさえなっていた。わが国に目を向けてみると、阪神大震災はもちろん、サリン事件さらには最近ではO-157でも子供にPTSDの症状が確認できるという。こういう視点や事例を大学の演習の授業で学生と勉強してみると、実は例えば、大島三原山噴火の全島避難(一九八六年)や台風一九号(青森県で名産のリンゴが大きなダメージを受け、リンゴ農家の悲しみを綴った『リンゴの涙』という体験記集が刊行されている)、雲仙普賢岳噴火災害の火砕流被災、その他数々の過去の災害にいずれもPTSDやCISを扱っていると判断されうる新聞記事や論考が多数あることがわかってきた。ラファエル著・石丸正訳(一九八八)『災害の襲うとき』(みすず書房)は、オーストラリアの精神科医がまとめた災害心理学の専門書(博士論文)であるが、この本は全編にわたってこうした事例を膨大に渉猟しており、本の中にはPTSDやCISという用語こそ見あたらないが、そうと認知されうる事例が豊富である。過去の内外の被災記録を再検討して、過去の被災の重い貴重な経験を現代に生かしていきたいと考えているところである。

 

(二) おわりに

本稿では限られた紙幅において、災害心理学という学問領域に関わるトピックスを若干数ではあるが紹介してきた。災害心理学プロパーの研究というよりは、災害心理学に関連する社会科学的諸災害研究領域との接点や重なりを念頭において、結果的には、災害心理学という学問それ自体を詳細に紹介するというよりは、災害研究自体が様々な研究分野が集ういわば異種格闘技道場であって、領域によって研究を分断するのではなく、相互に連繋しあいながら研究内容を充実して行くべきであるとの、現場調査者の視点にたって議論を展開してみた。なぜなら、我々の調査に応じてくださる被災者は、心理学的研究の発展のために我々におこたえくださるのではなく、あくまで今後の自らの生活再建に遠回しながら役立つ可能性を一途に信じておこたえくださっているのである。我々はそうした回答をただ学問のためだけに消費してはならないはずであり、専門の蛸壷に埋没することなく広く社会的にその成果を還元して研究の成果を問わなくてはならない。そうした認識から本稿では災害心理学の広がりの可能性を論じてみた。

ただ、災害心理学という特定の学問分野において、是非、押さえておくべき先行研究等は以下に参考文献として列挙しておくので、参考にしていただきたいと思う。

 

参考文献

◇A.H.キャントリル著、斉藤耕二・菊池章訳(一九七一)『火星からの侵入』川島書店

◇東京大学新聞研究所(一九七九)『地震予知と社会的反応』東京大学出版会

◇東京大学新聞研究所(一九八一)『続・地震予知と社会的反応』東京大学出版会

◇広瀬弘忠編(一九八一)『災害への社会科学的アプローチ』新曜社

◇東京大学新聞研究所(一九八二)『災害と人間行動』東京大学出版会

◇日本社会心理学会編(一九八三)『災害の社会心理学』頸草書房

◇J.B.ペリー・M.D.ピュー著/三上俊治訳(一九八三)『集合行動論』東京創元社

◇安倍北夫・三隅二不二・岡部慶三編(一九八八)『自然災害の行動科学』福村出版

◇B.ラファエル著/石丸正訳(一九八九)『災害の襲うとき』みすず書房

◇P.A.ソローキン著/大矢根淳訳(一九九八)『災害における人と社会』文化書房博文社

◇原子力安全技術センター(一九九八)『緊急時の人間行動〜原子力災害に備えて』(研修テキスト)

◇東京ボランティア・市民活動センター編(一九九九)『市民主体の危機管理に向けて』筒井書房

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION