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東京大空襲もそうした研究の成果であった。あるいはどのような施設を破壊すれば人々の戦意は低下するのか、といった視点で、日本人、ドイツ人のメンタリティや都市構造、特に軍需工場への動員体制やそうした体制への忠誠度などを詳細に調査・分析して、それを爆撃の戦略の指針としていたのである。災害から人の生命と財産を守るために多くの研究者が取り組んできた長年の研究蓄積が、戦時には、それらをいかにすれば効果的に奪うことができるかという研究に転用されていくこととなる。効果的な空爆とは都市破壊という目的の中に、いかにすれば戦意を低下させうるか、といったまさに災害心理学的側面を色濃く宿していた。

 

(二) 災害の社会心理学的研究の展開

一九六四(昭和三九)年はわが国が戦災から復興したことを国際社会に示す絶好の機会を得た年であった。東京オリンピックである。しかしこの年、新潟地震が発生し、液状化災害に見舞われ、炎上する石油コンビナート群の映像が広く世界に配信された。この災害調査にアメリカから多くの科学者が来日した。戦略爆撃調査に従事した研究者・研究グループの流れがここに集い、わが国も、現在の災害研究に直接つながる系譜の研究者先達がこれを迎えて、ここに初めて日米合同調査が始まることとなる。

ここに本格的に研究が始まった災害の社会心理学的研究はその後、東京大学新聞研究所(現・社会情報研究所)「災害と情報」研究グループが中心となって精力的に研究を蓄積していった。災害が発生すると直ちに現地に赴き、警報や避難指示の有効性や災害時の情報伝達問題等々が調査され、それら研究の成果は広く社会的に還元されて同報無線、警報システム整備などの形となって残ることとなった。そして一九八〇年代に入り東海地震の予知体制が整備され始めると、テレメータ設置に伴う予知情報システム研究から、警戒宣言発令に伴う国家的対応にまでその研究の射程は広げられていくこととなった。また同時に、そうした状況下で人々はいかに考え行動するかということを、例えば、警戒宣言が発令されたらあなたはどうするか、といった類の設問を盛り込んだアンケート調査などを実施して、社会的な諸要因と人々の意識・行動の連関を解明してきた。

 

(三) コミュニティ災害論

これらは社会心理学的な研究が災害研究に応用されてきた事例である。

災害には必ず被災「者」と被災「地」が存在する。前者を扱ってきたのがこれまで見てきた災害の社会心理学的研究であったが、後者を扱ってきたのは地域社会学的災害研究であった。この地域社会学的災害研究は、しかしながら、はからずも論理必然的に、本稿で検討している災害心理学的側面を色濃くにじませて来たともいえる。地域社会系の研究であるから都市の構造をはじめとして、どちらかといえば工学・構造的視点が強いという印象を受けがちであるが、「そこに住まう人々の暮らし」であるとか「災害に関する地域社会の文化の蓄積・風化」といった論点がそこでは不可分に検討されて来ており、さらにちょうどその頃、全国レベルで市民防災組織が町内会・自治会単位で整備され始めていたこともあって(自主防災組織研究)、地域と災害の研究は一九八〇年代には、コミュニティ生活・意識(したがって心理学的要件を多分に含んで)という領域と深く関わってかなりの深化を見せることとなる。「コミュニティにおける災害研究」としてとらえてみれば、被災地においてコミュニティの一体感などの意識やそれに基づく活動がいかに機能したかであるとか、復旧・復興過程におけるコミュニティの役割などといった論点が想起されるであろうことからも明らかなように、地域社会系の災害研究においても、そのソフトな研究領域において、そこに登場する人々の意識、すなわち心の問題、さらには少し抽象度を高めて「主体的」参加といった、いわば「心の持ちよう」に関する研究が多様に蓄積されて来た。「被災に直面した不安な心」といったダイレクトな内容のみならず、災害に関わる心、意識、知識、及びそれを規定する様々な要因分析に関わる研究は、このように例えば地域社会学的災害研究にもその事例は多数確認されている。災害心理学の幅の広さ、および、それに不可分に関わる隣接諸社会科学的災害研究を合わせて、災害研究の幅の広さや相互連関性がご理解いただけると思う。

 

(四) 援助行動の災害社会学

今ひとつ、災害心理学の広がりを感じられるような研究トピックスを紹介してみたい。阪神・淡路大震災で一躍脚光を浴びた災害ボランティアをめぐる研究である。そもそも、ボランティア研究は社会福祉学の分野でその研究が分厚く蓄積されてきており(大阪ボランティア協会など)、その研究スタッフの多くが震災研究にも乗り出して来た。

 

 

 

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