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出典:大矢根淳「災害のグローバリゼーション」竹内治彦編『グローバリゼーションの社会学』八千代出版、1997、P192。

 

(二) 役割葛藤〜消防職員は災害時勤務に就けるかどうか?

会社に駆けつけ非常事態対応に当たらなくてはならないと重責を感じることもあるかも知れない。しかしながら被災直後は、おそらくはその全神経は家庭や地域に振り向けられることとなる。自分や家族の生存に心は奪われる。その段階をどうにかこえても次には、被災した家庭においては頼もしいお父さんとしての役割を期待されるし、近隣では重要なマンパワーとしてカウントされていて、気がついてみると、結果として、会社には足が向いていなかった、ということも多い。阪神・淡路大震災時にもそういう役割行動を全うした人は多かった。消防士の場合はもっと深刻な事態が襲いかかる。非常参集せよとの規定があるが、家族の安否確認がなされた後は、今度は消防のおじさんに対する近隣の期待ははかり知れないものとなっている。「私の家でおばあちゃんが下敷きになっています」との叫び声を聞きつければ、訓練され尽くした肉体は本能的に反応してしまうであろう。非常参集の規定に忠実に従わなければならないという役割意識と家族・近隣の安全を確保したいという訓練され尽くした肉体と精神にもとづく使命感とも言うべき役割意識とが「役割の葛藤」を来す。これが積もりつもって精神的な病のきっかけとなることも報告されている。社会科学的災害研究の先進国であるアメリカでは、こうした「消防士の役割葛藤」という研究が災害心理学の専攻業績として分厚く輝かしく蓄積されている。

 

三、災害の社会科学的研究の蓄積とその論点の広がり

このように災害心理学とは、被災社会における人の心の問題に関して、それを包含するより大きな社会的な枠組みにおける様々な要因連関を解明する学問である。さらにここでいくつかその研究トピックスに触れておきたい。

 

(一) 戦意低下〜災害研究の応用例

社会科学的災害研究の萌芽の一つとして、第二次世界大戦下のアメリカで実施された戦略爆撃調査があげられる。これは、第二次世界大戦下、ドイツ、日本に対する空爆の有効性を検討する学際的な調査研究で、例えばその研究の成果としては、日本に対する空襲における焼夷弾の利用などがあった。紙と木でできている日本の都市は爆発力の強い爆弾よりも火事を引き起こす焼夷弾の方が効果があるとする研究である。

 

 

 

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