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焦ったナワズは、解決策をアメリカに求めました。そして、ナワズは、アメリカの独立記念日7月4日に自らワシントンに飛んで、「カルギルからの撤退」をクリントン大統領に約束してしまったのです。軍に何の相談もせずに勝手にナワズが撤退を決めてしまったことに対し、軍の中で反ナワズ的な動きが起きます。また、国民にとってもカシミールというのは非常に大きな問題ですので、弱腰になったナワズに対して、反ナワズ感情が広がっていったのです。

カラマート将軍解任以来の軍における反ナワズ感情は、このカシミール事件を契機に止められないほど大きくなったと考えられます。このころから軍によるクーデターのプランがつくられていたと噂されており、軍はクーデターを起こすチャンスをうかがっていたのではないかと考えられます。私は、8月の終わりからクーデターが起こる2週間ほど前までパキスタンにいたのですが、毎週のようにクーデターの噂がありました。今から思えば、あのころにはすべて話はでき上がっていたのかなという感じがしております。結局、10月12日にナワズのムシャラフ氏解任を引き金として、クーデターが起こったわけです。

われわれが軍とか、軍事クーデターとか、そういったことを聞くと、イメージするのはアフリカにおけるほとんどカオス的な状況ですが、パキスタンにおける軍事クーデターというのは非常にスムーズでして、その背景には国民の軍への信頼というものがあります。今回のクーデターもおおよそ国民の支持が得られているわけですが、それにはそれなりの理由があります。クーデターの直接的な原因は、軍とナワズの関係悪化と考えられますが、軍のクーデターをサポートする背景として、ガバナンスの危機、それから経済危機、貧困層の拡大、治安の悪化、言論統制などの問題が根本にあると考えております。

まずクライシス・オブ・ガバナンスに関して触れてみましょう。88年からブット、ナワズの文民政権が続いてきたのですが、この間政治家、役人における汚職腐敗が横行し、その結果、国民は政府というか、政治家に対する信用を失っています。それを象徴的にあらわすのは、97年の選挙の投票率ですが、40%に満たない投票率だったのです。イギリスのNGOの行った調査によりますと、実際の投票率は22%ぐらいではないかということで、ほとんどナワズが政権についた時点において、国民はもう政府に対して何ら期待はしていなかったということが言えます。

 

 

 

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