日本財団 図書館


ちょうどNATOが空爆の最中、ワシントンで結成50周年を祝いました。その中で、新戦略概念、NATOの域外であっても武力介入できる、あるいは、するんだという1つの指針を確認しました。これは、ある意味では、アジアにおいて周辺事態の場合に、アメリカが介入して、日本が支えるという図式とかなり似ているという面もあるのではないかと思います。

3つ目は、人道目的という名目で介入した。これはボスニア紛争もそうでしたし、あるいはルワンダの虐殺事件のときにも、このまま手をこまねいていていいのかという批判がありました。やはり黙視して、座視しても仕方がないという立場から、積極的に人道を守るために、人権を守るために介入すべきだという考え方に変わってきたわけです。

これは、当然、内政不干渉とか国家主権の考え方と対立するものです。仮に国家主権を侵害することになっても、人道で介入しなくてはいけない場合があるということを、今回は確認したと言いますか、体現したということが言えると思います。

コソボの暫定行政支援団という国連の行政機構ができ、そこにフランスのクシュネルという保健担当大臣が代表として就任した。そのクシュネルという人は「国境なき医師団」を最初に作った人で、人道による介入を早くから提唱していた方です。この方の就任でもわかるように、今までの国際法の中では非常に例外的だった人道介入が、今回、このユーゴ空爆をもって、1つの流れになりつつあると言えるのではないかと思います。

4つ目は、PKO(平和維持活動)、PKF(平和維持軍)が衰退していくことの裏返しの要素として、今回の武力介入があったと言えるかと思います。90年代初めに、冷戦後の国際平和の維持は積極的にPKOを派遣することで解決するべきだということで、前の国連事務総長のガリさんが「平和への課題」を打ち出し、これに基づいて、平和執行部隊、武力行使を伴うPKOを提唱したわけです。この考え方に基づいて、マケドニアに予防展開部隊を派遣したり、ソマリアあるいはボスニアに、武力行使をするPKOが派遣されたわけです。

ところが、この第二世代のPKOと呼ばれた平和執行部隊は、今、振り返れば、結果としては破綻したと言えるのではないかと思います。例えば、ソマリアで米兵がヘリで撃墜されて、市中を米兵の遺体が引きずり回されたりして、非常に大きなショックを与えて、何のために米兵がソマリアで死ななくちゃいけないんだという大変な反発をかって、撤退していったように、国連旗の下でそういうふうに死んでいくことに対する非常に大きな反発がアメリカの中であった。これが1つ言えると思います。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION