そのカリブ海で私は本にも書いていますが、生徒が大げんかをしました。本当に困りました。私も一生の中でこんなに困ったことはありません。1995年ですから四、五年前の12月に“ソブリン・オブ・ザ・シー”というノルウェーの船で7万3193トン、当時は世界最大の客船でした。それに乗せました。生徒たちも喜んで張り切って乗りました。カリブ海の1週間クルーズです。
終わりに近づいたころに一人の男子生徒がお手洗いに立ちました。後を追って2人の生徒が行って、おまえは生意気だと言って殴りつけたのだそうです。そのときはそれ以上けんかにならなかったのですが、お手洗いから出て来た殴られた生徒がクラスメートにそれを話しました。そうするとクラスメートがこれは黙って引き下がるわけにはいかないと、変なところで義侠心を出して、その日の夜、ディスコで大げんかを始めたのだそうです。
さすがに外人客はいなくなったところを見計らってやったと見えます。うちの男と女の先生2人がついていたそうですが、もう私どもも突き倒されました。ということで乱闘が始まりました。何人いたのか知りません。そしてセキュリティが飛んで来た。男の子でベルトを持っていた子が1人いました。ベルトを持っていることをキャプテンが殺意があると見たのです。それは別に悪い子ではなくてただかっこをつけてベルトを持っていたらしいのですが、ジェイルに放り込まれました。
客船にジェイルがあるなどと私は知りませんでしたが、あとで「ジェイルってどんなだった」と聞きました。すると普通の広い客室と同じで、ちゃんと絨毯が敷いてあってベッドもあるけれども、カギだけは絶対中から開かない。外からだけしか開かない。夜中にお手洗いに行きたくなったのでノックしたら、外から船員が開けてくれた。お手洗いに行って、また入りましたとそんな話をしていました。
夜遅く職員の通報で事の次第を聞いて、私は一生の中でこんなに困ったことはありませんでした。男の職員と言えども頼りにはならないし、私は一人で夜通し、寝ずに考えに考え抜きました。この船はノルウェーの船である。ノルウェーの法律は全然知らない。さてどうしたものか。そこでまず人間として何をすべきかを考えました。人間として騒がせたことをお詫びする。それから次に教師としてこの始末をどう処置すべきか、それを考えなくてはと、それで一晩中考えました。
翌朝9時にキャプテン室に行って面会、そのときキャプテンは私が女だと思ってがっかりしたのでしょう、「なんだ、男はいないのか」と言いました。私はちょっとカチンと来ましたが、顔には出さず静かに「私が責任者でございます。私がお話を伺います。」と通訳さんも連れて行き、切り出しました。キャプテンも静かに切り出しました。「キャプテンの一番の任務は船の中の秩序を保つことで、秩序を乱す者がいたらば私は遠慮も容赦もしない。だからゆうべはジェイルにほうり込んだ。次に船客の生命を安全に保つのもキャプテンの役目です」と、そういったことを話しました。