そこで進駐軍が持ち出したのが白い粉のDDTです。ご記憶にあると思いますが、進駐軍の兵士が道の両側に2人立って、ポンプを持って、それで道行く人を「おい、ちょっと来い」と言って、頭にシラミがいますから頭から真っ白に吹きかける。また服の背中にもポンプを突っ込んでシューッと吹きかける。そういう恐ろしいことを進駐軍は道行く人に片っ端からやっていました。
私もたまたま福岡から母と一緒に上京して上野の地下道に差しかかったときにそれをやっているのを見て、「アチャー、これは困ったな」と思いました。母は和服の正装をしていましたから、進駐軍もちょっと認めたのでしょうか、ここを通るのをやめてよそを回ろうと思って、よそに行きかけたら進駐軍が手招きして「どうぞ」と言って、DDTはふりかけずに通してくれました。そういう記憶もありますが、そのくらい徹底してDDTをふりまいていました。そのお陰で日本列島にはノミ、シラミなどが退治されて清潔な国になりました。
日本ではそんなにDDTの被害は聞いておりません。田んぼのメダカがいなくなった、オタマジャクシが死んだということはありますが、大きな被害はありませんでした。しかし北欧では被害がとても多かった。北欧のアントホルム島はスウェーデンとデンマークの間にある小さな島で、私は地図を一生懸命見たのですが地図にも載っていないくらいの小さな島でした。そこに大量のアザラシが浜に打ち上げられて死んでいたのです。
その2カ月あとにはデンマークの海でも大量のアザラシが。イギリスの海岸でもアザラシやイルカがやはり2カ月後に大量死が見つかりました。そしてその年の海洋ほ乳動物の死はなんと1万8000頭もあったことで大騒ぎになりました。学者たちが寄って調べますと、その原因はDDTでした。北欧の森林地帯にふんだんにまいたDDTが雨水に溶けて、雨水が川に入り、川から海へと汚染が広がって海洋ほ乳動物が死んでいったのです。
DDTはスイスの学者、ポール・ミューラーによって開発された非常に強力な殺虫剤で、農家の仕事はそのお陰で大変楽になりました。その功績で彼はノーベル賞を医学部門で受賞したほどでしたが、だんだんとDDTの怖さがわかってきました。もともと海洋ほ乳動物は寒い海でも過ごすために体脂肪が非常に多い。DDTは体脂肪に吸収されるとなかなか排泄しにくいのです。陸上のほ乳動物と比べて体脂肪がたくさん蓄積されるわけです。