言語学の分野では、母国語が英語圏以外の者が英語の聴取を行う場合、英語圏の母国語話者に比べ環境騒音の影響を大きく受け、聴取明瞭度の低下傾向が大きくなるといわれている。本研究の実施を前に、航空機の操縦室内雑音下で、日本人が交信の公用語である英語を用いる場合にも、S/N比の低下により日本語と比べて、英語の語音明瞭度が著しく低下するものと予測していた。平成7年の航空機乗員の医学適性研究では、B-767機操縦室内雑音下においてS/N比が7〜8dB程度あれば日本語単音節明瞭度で約70%、文章了解度で100%が得られることを報告している。本研究では、B-767機操縦室内雑音下の英語語音明瞭度の測定を行い、S/N比+6で76.9%±12.0、S/N比+1で69.4%±12.7の明瞭度が得られた。日本語と英語で検査に用いた語音に違いはあるものの、B-767機操縦室内雑音下では日本語と比較して英語の明瞭度に大きな低下はないものと考えられた。しかし一方で、雑音の負荷により急速に明瞭度が低下する例も見られ、S/N比が低下するにしたがって明瞭度の個人間の格差が大きくなる傾向が存在した。
本研究の結果より、操縦室内雑音の周波数特性や雑音負荷時の英語語音明瞭度が加重雑音のそれとほぼ類似することから、B-767機操縦室内雑音下の英語語音明瞭度の測定が、加重雑音を代用することで簡易的に行える可能性が示唆された。具体的には、日常会話の話声に近い62dBSPL程度の語音提示レベルに加重雑音を負荷することで実際のB-767機操縦室内雑音下での語音聴取を再現でき、B-767機操縦室内雑音下における英語語音聴取の実態や英語語音聴取に及ぼす影響について推測が可能であると考えられる。航空機乗員の医学適性検査においては、日本語の語音聴力検査に加え、加重雑音負荷時の英語単音節語音聴取を行うことで、実際の操縦室内環境に近い状態での簡便な騒音下の英語語音明瞭度のスクリーニングが可能であると考えられた。全体としてみると、雑音負荷による明瞭度の低下率には個人差が大きく、雑音の種類にかかわらずS/N比の低下に伴い、被験者間の明瞭度のばらつきは拡大する傾向が見られた。