日本財団 図書館


(10) A子のおごり

平成五年秋、2回の受験、足かけ3年を経て、A子はやっと調理師免許を手にした。「これは大事なものだね」と、しみじみ言った。失敗の度に大きな落胆と不機嫌な日々が続き、家中がA子にはれものにさわるようで、それでも周囲は理解し、我慢もした。「調理師としての第一歩が始まるわけだから、気持ちをひきしめ、一人前を目指してしっかり努力するように」と、夫と私はA子に言い聞かせた。これで働いていく上での基本的なものを手に入れたことになり、あとは本人の努力だと、ひとまず安堵した私共であった。A子は意気揚揚と笑顔で通勤し、機嫌よくお使いをしたり、食事作りの手伝いをしたりして過ごした。

しかし、A子が資格取得を境に、「自分はもう一人前になった」というような言動を始め、家中をかき乱し、暴言を吐き、自己主張を曲げず、夫や私に反抗的な態度で当たり散らして、自分もまた気分悪く過ごす、そんな日常が待っているとは思いもしなかった。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION