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凡夫である病人は、病の原因も知らず、ましてそれを降伏することもできない。だから「明王の威光」「験者の威光」で「悪霊・怨霊・呪詛」を顕(あらわ)しヨリマシに「駆りつ」かせ、加持祈祷によって送却するという。

「呪詛怨霊を幣帛に乗せ、一念の妄執を懺悔」させるという文言は、祭文冒頭の「幣の上にて執着なし」と対応していよう。ヨリマシをなかだちに、悪霊に「懺悔」させ、「妄執」を解き放つよりどころが御幣なのである。そのために「銀銭幣帛」を捧げ、勧請した神仏に「納受」してもらい、その助力を仰いで悪霊を「教化」に導くわけだ。(注9])

ではこの場合、御幣はどのように用いられたのだろうか。具体的には書かれていないが、供物としての「銀銭幣帛」とは別に、ヨリマシが依代の「御幣」を手にして祭席に座ったと考えられよう。その御幣は、先の「御幣の祭文」の表現を借りれば、「平癒」のための「秘法の徳」を具有していた。なぜなら御幣に影向した神仏が、「験者の力用を増し」、「速やかに悪霊怨霊を顕わし」てくれるから。

ちなみに修験道のヨリマシ法は、ヨリマシに幣を持たせる理由について次のように説明している。

幣形ハ是色相ヲ表スト観ズ。如何トナレバ、不可見ノ心法ヲ可見ノ幣形ニ移シ、動揺スルヲ以テ霊託ヲ知リ、而シテ後、幣ニ対シテ疾病ノ因・怨念ノ由ヲ尋ネ、或ハ呵責シ、或ハ慰諭ス。若シ幣ヲ持タズンバ、何ヲ以カ妖魅・邪鬼ノ在無ヲ知ラン。

(『修験故事便覧』巻一)

幣が「動揺スルヲ以テ霊託ヲ知」るという。こうした場合、一般には、ざわざわと御幣が波立つと言われている。霊動というべきものだろう。つまり御幣は、病人の身体から悪霊を引き離して我が身に憑依させる「のりくら」・「依代」という役割を果たしている。視えない霊の影向を、視えるかたちにする御幣。憑依させるのに成功したならば、御幣は霊の発現体となるのだ。

 

◎III 祭壇としての御幣―いざなぎ流・法の枕とミテグラ◎

 

御幣立てとその思想-「取り分け」をめぐって

前節のようなヨリマシ法とは趣を異にした、御幣の個性的な様態を、いざなぎ流の祈祷(注9])に見出すことができる。ここでの対象は、「法の枕」(注10])と「ミテグラ」というふたつの祭具である。

「法の枕」(別名=幣の元)とは、七升の米を容れた円筒形の容器で、中央に高田の王子幣を、周囲に天神幣・荒神幣・山の神幣・厄神幣・四足幣・すそ幣を立てて完成する。

一方の「ミテグラ」(注11])は、茅輪(ちのわ)のように輪状に編んだ藁に、ダイバの人形幣と四本の幣を差し、上には花べらと呼ばれる花の形をした色紙を覆いかぶせる。

法の枕とミテグラが、その呪的な機能をもっともよく発揮するのは、「取り分け」という儀礼である。「取り分け」は、いざなぎ流祈祷の特性が濃密に凝縮している儀礼で、メインの儀礼に先立って、必ず実修される。

家の中や周囲にいる災いの種や、争い事などにより発生するスソ(呪詛)は絡み合い、もつれ合っている。そこで「取り分け」により、よくないものたちをそれぞれのグループに分類し、棲み家に帰ってもらう一方、行き場のないものは、遺棄して鎮めるのである。

さてその方法は、以下のように進行するのだが、今は(7)「御幣立て」の作法のみをみておく。

(1)けがらい消し(2)こりくばり(3)祓(4)神勧請(5)四季の歌(6)神道(しんとう)(7)御幣立て(8)あるじ祭り(9)祭文読み

御幣立ての作法に入ると、高田の王子幣を中心に、それまで横に置いてあった天神幣・荒神幣・山の神幣・厄神幣・四足幣・すそ幣を手に持ち、振りながら神霊の来臨を乞い、一本ずつ法の枕に立てていく。このとき、御幣立ての字文が唱えられる。

幣で飾れば、へぎが元ともなり給ふ。幣で飾れば、伊勢は神明・御手洗川ともなる。幣で飾れば、伊勢は神明・神楽が山ともなる。幣で飾れば、神の舞台ともなる。幣で飾れば、ここもすなわち高天が原、御神のザツマ・御祈祷殿・神の舞台ともなり給ふ。

 

 

 

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