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◎II 祈祷のなかの御幣へ―奥三河の病人祈祷祭文をめぐって◎

 

病人祈祷祭文と御幣

かつて大神楽・花祭を執行した司祭者の太夫は、修験の系統を引いており、病人祈祷なども行なう宗教者でもあった。豊根村・曾川の禰宜屋敷=守屋家に伝わる「神送(かみおくり)生霊死霊祭文」(仮称)(注7])を通して、病人祈祷の作法と御幣の役割をみておくことにしよう。

年を経て身を妨げる荒御前(あらみさき)、幣の上にて執着なし。物の気(け)も経(もの)の哀れを知るぞかし。本は人にてあるとこそ聞け。年を経て身を悩まする物の気も、今送し送るぞ。執着なしぞ。

いわば前置きのようなもので、祈祷の眼目が端的に語られている。「幣の上にて執着なし」。「教化(きようけ)」により、病人に取り憑いた邪霊の執着を除くというのだ。

さてその作法だが、まず諸尊諸霊が祈祷の場に勧請される。

抑々悪霊加持には、遍にご御祈祷成就の砌なれば、法味を食受せんが為に、證(ママ)明切り、徳上天下地の大小神祗冥衆、定めて来臨影向し給う。然れば即ち、上には梵天帝釈・四大天王・三界の所有天王天衆・日月五星・南斗北斗・二十八宿諸宿曜等、下には堅牢地神・龍王龍衆・閻魔法王五道の冥官・太山符君・司命司禄・三十六禽、惣じて日本(六十)六ケ国の内に郡の数五百八十八、郷の数四万四千三百二十二、村の数八万四千二、河の数一万三千三十四也。此の内に住み給う神の数二十万億七千七百七神也。

「上には梵天帝釈……下には堅牢地神……」。最初に天界・冥界の諸尊を勧請するのは、古い型の祭文の決まり文句といえる。そのあとに日本国中の神々がマッスとして招聘されている。

就中日本惣廟伊勢天照太神内宮外宮・熊野三所権現九十九所の王子、関東守護二処三嶋若宮八幡大菩薩、当国当所に諸神を勧請し、家内の守護百八十神、大歳八神五将神等、当年属星本命元辰・当年行疫流行神等、日夜守護三十番神・十二神将請じ奉り、各々加持の護念を祈る所なり。

ここでは、伊勢・熊野の神々以下、関東の守護・当所の守護・家内の守護、また当年星・日夜守護の三十番神・十二神将など、さまざまな守護神の降臨を仰ぎ、加護を祈念する。

倍増法楽・倍増威光・惣じて神分、般若心経・大般若経各慎しみ敬つて白す。兜率天宮・不動明王・八大童子金剛薩056-1.gif変化等流・三宝荒神呪誼怨神詛道陸神、銀銭帛幣吊納受し神等普天率土の大小神祇に申さく。

いわゆる「神分(じんぶん)」である。法会などに先立ち、悪魔邪気を懐却し、諸天・龍神などの善神の擁護を請うために、般若心経一巻を誦す。

つまり以上までは、こうした祭文のいわば定形部分だから、以下のパートからが、病人祈祷固有の祭文とみなせよう。

今南闡浮提・大日本国・何れの郡郷村の権現・明神、此の祭席に於て、信心大験者無礙道場を荘厳し、大聖不動明王を請じ奉り、八葉の華の莚を敷き、澄清の寄増を据え、無二の丹精を抽(ぬき)んで、精誠之加持を致し、

その方法は、「信心の大験者」が不動明王を本尊に、「八葉蓮華の莚を敷き」、「澄清のヨリマシを据えて」加持祈祷するものであった。以下でその理由が語られる。

其意趣如何となれば、夫れ当病、時を取って興ると云えども、凡夫愚縛の故に病の所由を知らず。日を追って祟ると云えども、愚人迷倒の故に之を降伏能わず。爰を以て不動明王の威光を仮(ママ)り、悪霊・怨霊を顕(あらわ)し験者の加持の威光を以って寄増に駈りつき、催伏避除に欲す。仰ぎ願わくは、三世十方の諸〔菩〕薩、加持の威光を添え、普天率土の大小の神祇、験者の力用を増し、速やかに悪霊怨霊を祭席に顕し、呪詛怨霊を幣帛に乗せ、一念の妄執を懺悔し、早く無生の旧栖に還し給え。散供再拝再拝敬白。教化。

 

 

 

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