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たとえ幣が腐り落ちても魂魄は留まり外敵から家の中を守るように祈りをこめる。

家の神…大きく分けて天井裏で祀られる高神様と呼ばれる神のグループ(テントウ様、天(てん)の神(かみ)、オンザキ様)と、家の日常的な空間で祀られる神のグループ(エブス様、庚申様、金神(こんじん)様、愛宕様)に分類できるようである。

物部村とその周辺の町村の旧家では、天井裏など高い所にオンザキ様、天の神と呼ばれる神々をまつる家が多い。これらの神の御神体も幣で、ひとつの神をあらわす場合でも三〜十数本あるので、いくつもの神をあわせ祭る家では数十本の幣が天井裏にズラリ並ぶことになる。ある家で撮影を依頼したところ断られ、下からチラリと覗くしかなかったが、暗闇の中に白い幣が見えるのは不思議な雰囲気だったことを思い出す。

天井裏の神々は、人間を守護してくれるいざなぎ流の最高神たちである。数年から数十年に一度の大祭では、何日もかけて盛大な神楽がおこなわれ、氏子を守ってくれるように祈る。テントウ様は、三日月様、お十七夜、二十三夜などの月をまつるもの。天(てん)の神(かみ)はカマドの神ともいわれ、土公幣(中国地方などでも土公は、竈神とされ、ロックウさんと呼ばれる)や三神(さんじん)如来幣、天台如来幣を切る。オンザキ様は、上流部ではオンザキ幣三本、大八幡小八幡矢食い八幡、屋の神、五体の王子、摩利支天、天神(てんじん)、ミコ神(三本)などの十二本以上の幣をまつっている。

山川…山深い物部で発達したいざなぎ流にとって、山や川の神霊たちとつきあうことは重要な課題であった。そのことをあらわすように、山や川の精霊たちの幣は四九種ともっとも多い。

その根本となるのは山の神と水神、そして水神和合の幣の三本であろう。簡単に山の神をまつるときはこの三本を並べて立てる。ある太夫は「山の神祭文」にもとづいて、水神は山の神が無理やり妻とした竜宮の乙姫であるといい、それで仲が悪いので和合幣を間に立てるのだという。また別の太夫は、「山の神祭文」と別に「水神祭文」があり、その中で水神は男の三兄弟になっているので前述の説はとらず、山を崩す水神と、土砂を川に入れる山の神は、たがいに仲が悪いのだと説明する。別府伝ではいずれの幣にも目口が刻まれ、水神幣には角が飛び出ている。この角は龍をイメージしているのだと説明される。

次によく飾られるのが、神木(しんぼく)、古木(こぼく)、木霊荒神(こたまこうじん)など樹木の精をあらわす幣だろう。これらの幣は十二下がり、九下がりの長い下がりがあり、それぞれに十二、九のちぢり(折り目)が入れられている。その形はいくつもの枝をもちたくさんの葉を茂らせる樹木の姿を彷彿とさせる。家の大黒柱にも神木古木幣は飾られ、柱がもとは深山の樹木であったことを想起させる。新築の家の柱は、木霊送りが行なわれて、はじめて樹木から柱となるのである。

「山のもの川のもの」「山の魔群川の魔群」と総称される、山川にひそむ妖怪たちの幣も多い。

ミサキ系統の幣には、山ミサキ、川ミサキ、水神ミサキなどがある。ヒナゴとはまた異なる切り方で三つの顔を刻んである。ミサキとは尾根が川とぶつかるような所や、川の合流点などで、このような場所には悪魔のものが集まりやすいという。

タツ系統の幣もユニークである。おんたつ、めんたつ、りようたつまたつひだつ水神和合おりくら幣などがある。おんめんは雄雌で、下がりがくるくる渦巻いていたり、曲線を形作ったりしている。これは、山中で時折発生する竜巻をあらわしているとも、蛇体の表現とも、渦巻く淵の象徴とも言われる。儀礼にあたっては近くにオカマと称される淵がある場合、この幣を切ってまつればよいと考えられている。

キジン系統の幣も種類が多い。大山きじん、きじん人形、きじん四足などである。きじんは鬼神だろうか。山中にすむ山姥、山爺などの妖怪なのだという。天台流には、山うんば、山じいの幣が別にある。この系統の幣に六(む)つら王八(や)つら王九(く)つら王の幣がある。ひとつの幣に何と十の顔を刻んだ異形の幣である。ヤツラオウは頭が八つある怪物とされ、物部の山中には所々にヤツラオウを鎮めたという墓が存在している。

ミサキ、タツ、キジン、これらはいずれも山の神や水神の眷属の幣であり、物部の人々がいかに山に対して畏怖の念を抱き、想像力を発達させてきたかが、御幣の種類の多さからもうかがえる。いずれの幣にも目口が刻まれており、いざなぎ流では顔のある幣が山川の妖怪をあらわすのに、もっともよく使われるといえそうである。

 

 

 

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