◎II 色彩からみる御幣◎
御幣の色をとおして、民俗の相違が認められる。
【事例】先に挙げた石見地方山地一円に行われている大元祭祀では、神殿(こうどの)の隅に元山、端山(はやま)の小俵を設け、これに青、赤、白などのカラフルな多くの幣が立てられる。(写真15])この祭祀の奉幣、荒神幣も同じである。その理由を祭祀に携る人々は祭文のなかの次の五龍王の章句によるといっている。「青龍王は青き……東を知行せん赤龍王は赤き……南を知行せん、白龍王は白き……西を知行せん、黒龍王は黒き……北を知行せん(中略)中央の主……土徳の色を像り、黄なる名馬に黄なる鞍置幣幡……是より中央において黄なる山を……」というもので五竜王の舞いは少なくなった現在も、五神、五行舞と称しやや簡略化した形で各地で行われている。
【事例】厄を祓う御幣の項に挙げた日原町、佐田町でも、色彩の鮮明な御幣が用いられる。
【考察】稲作に関わる御幣が白色であり、紙幣は折れ線を三本入れて切り、これを開いて折り曲げた左右相称の安定した形を基本とするのに対し、ここに挙げた地域にみられる御幣は鮮明でカラフルであり、また、幣の切線が多かったり、相称のなかにも、やや複雑、変化に富んでいるといえる。
これは、陰陽道、修験道の影響によるもので、これによって整理されたということは、充分に認められるが、このような宗教家の介在のみられなくなった現在でも、このような特色が認められるのは、そこに、古来の根強い民俗文化が存在することによるものと考えられる。