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◎III 木と竹の御幣◎

御幣が、樹木に斎き祀る祭祀からきたもので、それを象徴的に具象化したものと考えられるが(稲穂や花を形どったものもある)この御幣の幣串は一般には、木が用いられる。木を削り幣串にするその工程を省く意味で、竹が手取り早く、便利であることから竹の幣串が用いられる例は多い。だが、その理由のみではなく、竹であらねばならぬ例も山陰とその周辺では多くみられる。

【事例】山口県の日本海側、萩市露口では、春と夏に頭屋を定めて組ごとに地神祭りを行なうが、このとき竹の幣串を用意する。五尺四寸(約一八〇センチ)を一本、五尺二寸のを頭屋数、二尺八寸を一本、二尺二寸を各戸二本ずつ、一尺二寸を二本と、こまかく定められ、さらに一尺二寸(約四〇センチ)の二本はかならず竹の節をふたつ残し同じ間隔であらねばならない。そしてこの一尺二寸と二尺二寸のはすべてひとつに束ねて頭屋の床の間に置き、米と大豆、小豆、粟など五穀を土器に盛って供え、稲作、畑作物の豊穣と家内安全を祈願する。(註6])

【事例】同県長門市青海では、藪神と称している小祠に、春、地神祭りと称して長さ一メートルほどの女竹を串にした御幣を立てて(写真16])祀る。開拓の祖神とも作神ともいう。藪を焼いた焼畑に麦、里芋などを作っていた地区。

【事例】島根県大田市三瓶町槇原では十一月十二日のミサキ(御崎)さんという祭りに、一年三六五日(閏年は三六六本)の竹串の小幣を作り(写真17])、これを神木に巻きつけた藁蛇に差す。(写真18])ミサキさんは荒ぶる神であり、もとはミサキヤブ(御崎藪)に祀っていた。

【事例】鳥取県西伯郡西伯町とその周辺では各地区ごとに「申し上げ祭り」を行なう。地区の荒神を祀るもので馬佐良地区では十二月四日、二〇戸ほどの各戸から新藁を持ち寄り藁蛇を作り、戸数分の女竹を串にした御幣を作る。

 

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16]薮神さんの長い竹の幣串の御幣(山口県長門市青海)

 

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17]三六五本の竹串の幣作り(島根県大田市三瓶町)

 

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18]竹串の御幣が挿された藁蛇

 

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21]出雲大社の正月行事の番内さん。御幣で地区内を祓いながら、青竹で大地をたたく

 

 

 

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