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【事例】同町森山地区は、海に面した半農半漁の集落であるが、ここの氏神横田神社では頭屋の世話によるハンボカブリという祭りが行われている。ハンボとは御飯を入れる飯櫃のことで、十一月十一日、この年の収穫米を蒸し飯櫃に山盛りに盛る格好をすると神職がこれを持ちあげる。その下を頭屋の主婦が杵を背負って入ろうとするが、神職が櫃を持ちあげて支え左右左と廻るのでハンボをかぶる状況になることから祭りの名称がある。いわゆる稲の収穫祭であるが、鯛釣りの模擬儀礼など豊漁を祈る内容のものもある。この神事に先立ち、神社で官司が大きな波剪御幣を左右左と振り、その度に本殿の胴板を叩く儀礼が行われ、これに応じて頭屋と参列者は、拝殿の座を手でパタパタと叩く。

【考察】波剪御幣は、船上で厄を祓い、安全を祈願することから生まれた御幣と考えられる。起伏消長する波を剪ることから、その御幣は、簡素であることが求められる。危険を伴う海上の安全を願う故に祓いの儀礼には切実な祈りが籠められ、それは同時に神を招く意味をも内在し、いわば両義性をもっているといえる。陸においてもこの両義性をもって用いられることから、森山での儀礼でも、祓いとともに胴板を打って神を招き、床を叩いて大地の精霊をよびさますのであろう。こうして収穫を祝うことになる。

山と里の集り

この波剪御幣のような簡素な形に対し、山の祭りに用いられる祓いの御幣は、複雑である。

【事例】同県鹿足郡日原町柳村は石見西部山間の農村であり、ここで祭りに舞われる柳神楽は、大元神楽と同様に、神事と芸能がひと続きの流れのなかにある神楽である。かつては神職により行われ、この地区のみならず、周辺一帯で舞われていた。現在、島根県無形民俗文化財に指定されている。この神事芸能の二番目に行われるのが祭場や参列者などを含めて、周辺一帯を祓い清める「塩祓い」である。このとき、腕のみならず足と膝車を用いるなど、修練を要する所作があり、それほどに重要な舞いなのであるが、手にする御幣も、念入りに作製されたもので、舞いを伴うことから幣串の竹は五〇センチほどで長くはないが、紅白の和紙を幾重にも重ねて切り、厚みを感じさせる。そして、二本を一束に束ねて幣串を奉書で包み、白い紐で結んである。

【事例】同県簸川郡佐田町毛津は、近年まで焼畑耕作も行われていた山村である。ここで毎年十一月に行われるミサキダチ(御崎立)神事は、後にも挙げるように藁蛇と多くの御幣を用いる特色ある祭りであるが、この神事に続いて舞われる神楽の御幣も、先の柳神楽ほどではないが幣に厚みがあり(写真14])、色彩が鮮明であって共通性が認められる。

 

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14]祓いの御幣(島根県簸川郡佐田町)

 

【考察】大元祭祀にみられる祓いの御幣の荒神幣もかなり大きな特色のあるものだが、一般に、祭りを「お祓い」という人もあるほどに、厄を祓うことに大きな意味を認める傾向が強い。それ故に、このような特色のある幣が存在するのであろう。柳も毛津も、ともに和紙の産地であったことも、御幣の厚みと関係があろう。

 

 

 

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