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この多くの神霊を勧請する御幣は一束幣(いっそくべい)(写真6])とよばれる大幣で、多くの幣と大きな幣串に特色がある。

【考察】先の大山祭りが、山の多様で豊かな恵みにあずかることによる祭祀であるのに対し、この大元祭祀もまた、その意を含みつつ、山に関わる多様な神霊を招くところに特色がある。そこには山を他界とする観念が流れていようが、それ故に生業の発展に併せて祖霊祭祀の意味がくみとれるなど両義性が認められる。

山勧請により神殿のうちに迎え入れた神々や祖霊は、これの籠る自然も、神事に参加する人とも、天蓋と綱貫などの儀礼によって混然一体となり、エクスタシーのなかに生まれ清まわって再生、復活をとげることになる。その中核となるのが山であり、大幣をはじめとするいくつかの幣はその媒介をなすものといえる。自然との共存のなかに新たないのちの展開に期待する祈りのこころが認められる。

穀霊に関わる祭り

わが国には倉稲魂命など稲魂を示す語は文献にはみられるが、民間での呼称は、琉球地方を除いては、認められていない。だが田ノ神とか、亥ノ子、納戸神(なんどがみ)などといわれる民間信仰的な神のなかにこれが含まれているとみることは可能である。石川県能登地方のアエノコト、福岡県志摩地方のウシサマの行事にみられる稲籾や稲束をとおし、そこに穀霊全稲魂の信仰を認めることも可能である。この稲籾から、餅に変容している例もまた、認められる。(註3])

 

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7]姫ノ飯神事。女装の神職による稲魂の儀礼

 

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8]姫ノ飯神事。稲束に立てられた左右相称の御幣

 

このような穀霊―稲魂の儀礼に用いられる山陰の御幣の例を挙げてみよう。

【事例】島根県飯石郡頓原(とんばら)町の由来(ゆき)八幡宮の例祭は十一月六日から八日にかけて行われ、稲作の収穫儀礼的な要素の濃くみられる地区共同の祭りであるが、そのなかの七日に行われる姫ノ飯(い)神事は、稲魂の祭りともいえる儀礼が行われるところに特色がある。先のウシサマや出雲大社の古伝新嘗祭、あるいは京都の高山寺や聖護院の絵図にみられるのと同じように、竿に稲束を担ぐ姿は(写真7])稲持王子と共通するものであるがこの地区では女装で行われるところに古態がみられる。続いて白色の御幣が稲俵に立てられるが、その幣は白で左右相称、均整のとれた御幣である。(写真8])

【事例】鳥取県境港市、島根県八束郡、宍道町、八雲村、美保関町、平田市、簸川郡湖陵町、飯石郡三刀屋町、吉田村など鳥取県西部から出雲地方にかけて、正月に大餅を用いた行事がみられる。大餅を尊崇の対象として飾りつけて供物をあげ、また、男女の交わりを示す擬態儀礼(ぎたいぎれい)や模擬田植えなどを伴う例もあることから、穀霊―稲魂信仰(いなだましんこう)の流れのなかにとらえ得る行事である(註4])これをオコナイという地区があるように仏教的な行事ともみられるが、一方では神社や地区共同の儀礼ともなっていることから、宗教と結びついた民俗的な祭祀といえる。

 

 

 

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