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瀬戸内の万葉地名について……小見山輝

 

『万葉集』の歌の中で、瀬戸内の海をゆく歌としてよく知られているものは、巻第三、「柿本朝臣人麻呂の羈旅の歌八首」、また「柿本朝臣人麻呂、筑紫の国に下る時に海路にして作る歌二首」。大伴宿祢旅人の「天平二年庚午の冬十二月、太宰師大伴卿、京に向かひて道に上る時に作る歌五首」、又巻第十七の大伴旅人の椽湘?痢屐宗淑未乏は?鮗茲蠅討?覆卦?貌?蠅??海海昧確垢鯣畚?かなし)び、各々所心を陳べて作る歌十首などがある。さらに「柿本人麻呂歌集」、巻第十五「新羅に遣はさるる使人等、別れを悲しびて贈答し、また海路にして心を慟ましめて思ひを陳べ、并せて所に当りて誦ふ古歌」いわゆる(遣新羅使人等の歌)百四十五首がある。ここでは主として、「人麻呂の羈旅八首」「人麻呂歌集」、「遣新羅使人等の歌」の中からとりあげて話を進めていこうと思う。

 

(249)三津の崎 波を恐(かし)み 隠(こも)り江の舟 公宣奴嶋尓

 

「舟公宣奴嶋尓」については定訓はなく、「舟のなる公(きみ)は奴嶋へと宣(の)る」という訓みにしたがっておく。○三津の崎――難波の御津。大阪の港。三津の崎の波を恐れて、港の奥で待っていた舟なる公(きみ)は、今こそ野島に向って出航せよ、と命令を下された。

 

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兵庫県側から見た淡路島

 

(250)玉藻(たまも)刈る 敏馬(みぬめ)を過ぎて 夏草の 野島の崎に 舟近づきぬ

 

○玉藻刈る――藻を刈っている実景から、地名敏馬を修飾した言葉か。枕詞とする説もある。○敏馬(みぬめ)――神戸市の岩屋・大石附近。○夏草の――夏草の生い茂る意味で、野島につづく。野を修飾する枕詞ともいう。美しい藻を刈る敏馬を通り過ぎて、舟は夏草の茂る野島に近づいた。

 

(251)淡路の 野島の崎の 浜風に 妹が結びし 紐吹き返へす

 

淡路島の、野島の崎を吹きわたる風が、別れて家を出る時妻が結んでくれた紐をしきりに吹きかえすことだ。なつかしい妻よ。

 

(252)荒たへの 藤江の浦に すずき釣る 海人(あま)とか見らむ 旅行く我を

 

○荒たえの――藤にかかる枕詞。○藤江の浦――明石市の西部。藤江の浦ですずきを釣っている海人と見るのではないだろうか。旅人であるこの私を。

 

 

 

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