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このような考えのうえで、上社における陰陽五行思想によって祀られる基本の場所を本宮と仮定すると、上社御柱の移動とその経路には、「五行相生(そうじよう)」(図5])という五気(五元素)を生み出す循環作用の一部、「木生火」―「火生土」の動きがみえてくる。

 

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図5]五行相生(『易と日本の祭祀』吉野裕子著より)

 

つまり、御柱を伐採する御小屋山は諏訪盆地の最東端、そこは「東(卯)・木気」で象徴される空間であり、そこから巨木の御柱は、諏訪湖《北(子)・水気で象徴される。》の南方に位置する本宮「南(午)・火気で象徴される空間」へ曳き付けられる。この移動は、「木生火(木が燃えて火を生み出す)」という作用である。この時御柱の先端を△形に削り出す。三角形の意味するところを世界的に観ると、それは「火」を表す。山作が建御柱(たておんばしら)に際し、朱塗りの神斧でその先端を三角錐に削り出す行いについての筆者の管見は、「木気」に関わる奉仕を司る山作が、自ら「火気」を表出(生み出す)させているものと考えるのである。

その火気の象徴となった御柱は、その後七年目にして廃物・廃材(土気)となる。それは中央・土気の宮、中金子八龍神社に曳き付け納められるのである。この移動には、「火生土(火が燃えて灰=土、を生み出す)」という循環の理論があるからである。

そして「火生土」の次の循環は「土生金」(土中より金属が生まれる)であり、地名、中金子の「金子」はこのような呪術よりついたものかもしれない。

諏訪平一円の人々の膨大なエネルギーを結集し、遥か二〇キロ先から御柱を曳きつけ、聖地に建てる祭りの意義には、陰陽五行思想に理論付けられた「循環」が秘められていたのだ。

 

◎御柱の循環=死と再生の一端を担う二つの集団◎

先に筆者は御柱の移動経路には陰陽五行思想による、「相生」という五気循環の一部が観られるとした。この五気の循環の一部、御柱の「木生火」―「火生土」という移動、推移には、「誕生」―「死」―「再生」という図式が内在している。

先述の通り、東は、朝毎に太陽の昇る生成発展の期待される方位であり、東方位・木気はまた万物の生命の始まる季節「春」を象徴する。諏訪平の東端にあたる御小屋山からもたらされる御柱は真新しい生命樹といえる。御柱を一個の生命体と仮定した時、その「誕生」を受け持っているのが「山作衆」である。

境内に曳き建てられて鎮まった生命樹としての御柱は、万物の生命のエネルギーをリフレッシュさせるパワーを放つ。そして六年の後、生気の衰退した御柱は土気の宮八龍社へ納められる。土気の作用は万物を土に環す腐敗、死の作用と、万物を土から生じ出す育成の作用の二面がある。万物は死して土に還ってこそ、再生が可能であり、この作用によって万物更新のパワーを失った古御柱(廃棄ではなく、休めるということに注目したい。)に宿る霊魂(木霊)は、年内に見立てられる次回御柱御用材の内に再生可能となり、七年かけて、パワーを蓄え最高潮に達した生命樹は再び社の四隅に建つ。御柱は「見立て」から「古御柱祭」までの十三年間のサイクルで「誕生―死―再生」を循環する。この循環サイクルは、造営の後七年目にして神座となる、本宮宝殿(御柱の見立ての時と同様に、造営のとき薙鎌を打ち込む)の遷宮サイクルにも共通するものである。

山作衆と、八龍神社氏子衆は、互いにその循環の一端を担っているのであり、この二つの集団の存在なくして祭場の構築はもちろん、生命樹御柱に宿る万物更新生成パワーの輪廻再生は達成できないだろう。

<地方史研究>

 

 

 

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