僧侶がタントリックな力を発揮して夜叉たちを封じ込めここより先に追ってこれないようにした、と言われる。
深夜、マッチェンドラの母たちが祀られる小さな石の前で僧侶が供養をし、翌朝の日の出前に林から少し下った先の川でナーガ・プジャ(龍神供養)が行われる。
まず祭主の水壷に結んだ五色の紐が五〇メートルほど離れた川岸に置いたバジュラ(金剛)に結びつけられる。僧侶がナーガを呼び出すマントラを唱え、最後に川岸で、占いによって決められた時間に手にしたパーンチャ・アムリッタ(牛の乳、ギー、蜂蜜、砂糖、金銀を混ぜた甘露)を川に流すと、川下で待っていたマリニの娘ともう一人の司祭が、手にした真鍮の壺で水をすくい上げる。
なぜここで龍神を祀るのか、かつてカトマンドゥ盆地が湖であった、という地学的な事実が一つのヒントを与えてくれる。コトゥワルあたりの渓谷は、湖の水が堰をきって盆地の外に流れ出た場所であり、現在でも盆地中の川を束ねて下ってゆく出口である。ここで雨期の始まり、雨期の終わりにも同様のナーガ・プジャ(龍神供養)を行うことによって盆地の水、すなわち、雨を降らせ止ませるといった天体のコントロールをしているのだ、と考えられないだろうか。そうであれば、王権と密接につながる祭りの性格がより一層浮かび上がってくる。
マリニの娘と僧侶の水は、マッチェンドラを産む水とされる。彼らが川から壺を上げると、ラッパと法螺貝の音がコトゥワルの谷に鳴り響き、川岸に詰めかけていた数百の村人たちが一斉に川の水を体にかけて祝福を頂く様は壮観である。