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宮川/だって、ここで、一番人気のあるブースは、お弁当売場だって言うじゃないですか。

鈴木/みなさんね、そうやって手を叩いてい下さいますけど、私それでもってどれ位叩かれたか分かんないんですよ。新聞、週刊誌ですね。何たることだと、みんなが新幹線通って喜ぶのに、鈍行列車の時代が来るとはどういうことだと。時代錯誤も甚だしいと。私さんざんやられた。そうしたら、今、そうなってるじゃないですか。

宮川/やっぱりね。今は、早すぎるのよ。時速500キロで走らなくてもいいじゃないかっての。新幹線は今ので十分ですよ。それよりは、鈍行をきっちり復活して、もう一回、日本を隅から隅までみんなで眺めて、やっぱり、日本はいいなあと思うような、そんな列車をつくるべきだと思うんですけどね。

鈴木/歴史的にちょっと申しますと、鉄道ができた時に産業革命が17世紀から18世紀に起こってきたんですね。世界の列強が植民地をたくさん持った訳です。

そして、植民地の奥にあるものを海岸まで運ぶために、鉄道を作ったんです。日本も、実はアメリカが幕末に徳川幕府に神戸から大阪、横浜から江戸まで鉄道を作らせてくれないか、という申請を出したんですよ。徳川幕府は一旦OKしてるんですよ。それを明治政府はそれが植民地政策だと分かってキャンセルしたんです。そして、明治政府の方針は産業振興、富国強兵、文明開化、この三つが明治政府の三大方針で、そして、文明開化のために鉄道を敷いたんです。

他の国はみんなそうした産業とか、政策のために鉄道敷いたんです。

世界でただ一つ日本の鉄道だけは文明開化のために、心のために敷いたたった一つの鉄道です。

宮川/じゃあ、その世界に誇る我が国の鉄道、それに乗って、軽く、駄洒落風に音楽の旅を、ピアノでやってみたいと思います。

えー、今日本の鉄道は素晴らしいと、というお話を聞かせていただきました。鉄道唱歌ですね。

 

(ピアノ演奏)

 

こういう一発で覚える曲いいですね。この鉄道唱歌、最初にできた時は、六十いくつかあったんですね。最初、東海道線で、それが本当はもっと短かったんですけど、だんだん長くなって、今や東海道の、なんだっけ、西日本用とかね。東北用とかね。何百あるか分かんない位歌詞の数が増えているようですね。

鉄道唱歌は世界で一番歌詞の数の多い曲ではないかと思います。

その鉄道に乗って、北へ行って、情緒たっぷり、ちょっと寒い所へ行って、悲しみとか辛さとか、頑張るぞとか、そういう気持ちになりたいと思うと、やっぱり北へ旅するのがいいので…。

何といっても北へ旅する最初といえばこれです。函館です。

 

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