(『七つの子』の歌唱)
次の歌は東京は上野動物園が舞台です。昭和18年の夏、戦争が激しくなると、動物園の猛獣たちを全部毒殺するようにという命令が軍から下りました。当時、上野動物園で大人気だった、ジョン、トンキー、ワンリーというインド象、この象達もその対象になってしまいました。はじめ、飼育係の人達が泣きながら、ジャガイモの中に毒を混ぜて、そして食べさせようとしましたが、失敗。残された手段は、もう水も餌もあげないで、餓死させるという方法だけでした。絶食が始まって16日目にジョンが、翌日の17日目にワンリーが、そしてそれから2週間後の30日目に遂にトンキーが音を立てて崩れ落ちてしまいました。
戦争が終わった昭和23年、詩人のまどみちおさんが、ご長男の誕生日に、上野動物園に象を見に行きました。ところが、檻の中は空っぽ。でも、まどみちおさんはその空っぽの檻の中に、平和な、幸福そうな象の親子の幻を見たのです。
(『象さん』の歌唱)
『静かな 静かな 里の秋』
この歌は昭和16年12月20日に詩ができました。太平洋戦争が始まって、ちょうど2週間後のことです。南の島に召集された父を想う母と娘の歌です。ずーっと、置かれていたんですけども、ちょうど4年後の昭和20年12月24日に曲が付けられ、その日の内に、この歌は人々の心を捉えて人気が出ました。それで、NHKの復員だよりという番組のテーマソングとして、毎週流れるようになりました。戦争の混乱の中で、引き揚げの騒乱の中で、この歌だけが人々の心を慰めたといいます。この歌も戦争の深い傷跡の中でうまれた歌です。
(『里の秋』の歌唱)
鈴木/ありがとうございました。
今、島田さんがお話になった様々な戦中、戦後のことを私などははっきりと記憶している世代でございます。
七つの子といいますと、最近の人は子供が七人産まれたんじゃないかと、お思いになられますが、この七つというのはですね、とても意味があるんですね。
今家庭教育がほとんど駄目だと言われていますが、昔の日本人はこういうことを言ったんです。「つ」の付く間は親がみろ。といったんですね。一つに始まって、九つまで、ここまでは親の責任で育てろと。昔はそうやって教えたんです。
十になりますね。十になるとはじめて子供は競争心とか努力とかいうものが出て来るんです。
これ以前にいくらやったって駄目なんです。それを今日本人は、そういうことを無視して、無理矢理に教育してしまうんですね。そこで歪んでしまう。そこの所が昔の親の知恵で、「つ」の付く間は親がみろということを鉄則として育ててきたんですね。
島田/学びました。知りませんでした。もう母としては手遅れだけども、今度孫の時に役立てたいと思います。