ソーシャルワーカーになって一番最初に受け持った患者がユダヤ系のポーランド人でがんの末期の人でした。ナチスに追われてロンドンに亡命していたデヴィット・タマスという40歳の孤独な男性だったのです。
ソンダースさんは初めはソーシャルワーカーとして対応していたわけですが、タマス氏が入院したのは別の病院だったこともあって、最後の2ヵ月はソーシャルワーカーとしてというよりも一人のボランティアとしてタマス氏に接したといってもいいでしょう。あるいはより強い友情をもって彼に接したといってもいいでしょう。その中でソンダースさんは、がん末期の患者さんのニーズはどんなものか、願いはどんなものか、何を一番望んでいるのだろうかということに真剣に目を向けたのです。
相手のタマス氏のほうは、初めて親身になって自分のことを考えてくれる人に出会い、事情が事情であったからよけい人の愛に飢えていたのでしょうが、がんの末期の苦しさの中にあったわけですから、切実にソンダースさんに苦痛を訴え、心の悩みを訴え、ソンダースさんのほうも親身になってそれを聞いてあげた。ソンダースさんは、タマス氏が亡くなったあとしばらくの間は虚脱状態にあったようですが、それから立ち直ったのちはソンダースさんは終末期のがんの患者さんのために生涯を捧げようという気持ちになり、その後ある時期からまた看護婦に復帰したのです。
しかし、末期のがんの患者さんに対して、精神的な苦悩に対してはもちろんですが、痛みに対しても、医師はほとんど親身になって考えてあげてはいないことを再確認せざるを得なかったのです。