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なお、セシウム137の土壌汚染と体内放射線量との間には相関関係が認められたが、このことは食物等による内部被曝の存在を示しているといえよう。

上述のように、子供におけるセシウム137の体内線量については実態がある程度明らかとなったが、問題はこれらの地域に住む住民の心配や不安をいかにして解消させるかということであり、その対策が現在の急務と考えられる。

2) 甲状腺検診によって種々の甲状腺異常が発見された。チェルノブイリ周辺はもともとヨード不足地域であり、それによる甲状腺腫が高頻度に存在することで知られているが、特にウクライナのキエフ州やジトミール州では尿中ヨード排泄量が低いことに反比例して、子供達の甲状腺腫が多く認められた。

血液中甲状腺ホルモン濃度の異常は0.1%前後に検出されたが、特にゴメリでは甲状腺機能低下症が他地域より多く、またセシウム137の体内線量も高い傾向にあり、両者の間の関連性を示唆していた。甲状腺の自己免疫異常については、既に小児期から一定の頻度で自己抗体陽性者の存在することが明らかとなったが、将来における甲状腺機能異常症の発症に備えて、追跡調査を考慮する必要がある。

甲状腺異常のうち、甲状腺結節と甲状腺がんはゴメリ州でもっとも高率に発見された。このことは、超音波エコーガイド下での吸引針生検による細胞診によっても裏付けられているが、特にがんは事故当時0〜5歳の子供に集中して多発しており、この傾向が今後どう変化するかを追跡調査することは、対策実施上はもちろん、学問的にも重要な課題といってよい。

発見された甲状腺異常がすべて放射線被曝によるとする確証はなく、恐らく多くの場合は無関係である可能性も高い。しかし、小児甲状腺がんがゴメリ州を筆頭にチェルノブイリ周辺地域で多発している事実は、大きな社会問題にもなっていて、継続した医療支援と医学研究を推進する必要性のあることを示している。

3) 血液検査の結果を検討するに当たっては、まず小児の年齢による生理的抹梢血液検査値の変動を解析した。ヘモグロビン値、平均赤血球容積値、白血球数とその分類、血小板数の年齢的変動は5〜17歳の間でも認められ、この変動は小児の発育と密接に関係していることを確認した。

血液異常の頻度を地域別にみると、いずれの地域においても好酸球増多症が高率に認められるのが特徴で、これは寄生虫感染によるアレルギー反応の結果と推定された。白血病は約12万人中に4例発見されているが、セシウム137汚染との間の関連性は明らかではない。

現在まで小児白血病を中心とした造血器腫瘍の発生頻度にチェルノブイリ原発事故が影響するか否かの報告が各国でなされている。特に、放射能汚染物質の降下が多いとされるギリシャ、オーストリア、ドイツ、北欧の諸国からいくつかの報告がある。このうち、ギリシャでは汚染地域における妊婦から生まれた胎内被曝児は、対照群に比し幼児白血病の発生頻度が2.6倍高いと報告された12)。これには問題点も指摘され、その後ドイツで同様の調査が行われた結果、ドイツでは幼児白血病の増加は胎内被曝との関連が認められないと報告している13,14)。この他、これらの国々では小児白血病に関して事故の影響調査が行われており、現時点ではいずれの報告も統計学的に白血病発生と放射能汚染との間には関連が明らかとなっていない15,16,17,18)

なお、血液異常を持続している原因不明の症例に関しては、今後とも追跡検診が必要である。

 

5. プロジェクトのその後

 

チェルノブイリ笹川医療協力プロジェクトは、1996年4月をもって5年間の現地支援プログラムを一応終了した。しかし、自立、自活の道が困難な現地の情勢から、その後も各センターの活動を有形無形に支援して今日に至っている。

1996年10月には、ウクライナのキエフ市で第5回チェルノブイリ笹川プロジェクト報告会が開催され、約12万人のデータの解析結果が発表されたが、これを受けて今後の問題点が協議された。話題に上ったのは次の3点である。

(1) 小児の一般検診は貴重な疫学データの基礎をなすものであり、その標準化された診断やサンプルの維持管理は今後幅広く国内機関や国際社会で活用される必要がある。特に、事故前後に生まれた子供達が甲状腺疾患の罹患頻度に差を示すか否かを調査することは、事故時の短半減期放射性ヨードの影響を知る有効な方法であり、また疾患の早期発見、診断・治療に直結する健康調査であって、地域の保健医療に役立つと考えられる。

 

 

 

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