1]生産用具と自生植物
生産用具の入手には自家調達と完成品購入の二つの方法があり、かつては農具の自家製作においてさまざまな植物の利用が図られていた。しかし、農業構造の変化や農具そのものの発達等により使用されなくなった農具のほとんどは人びとの記憶からすっかり忘れられた存在となっている。
今回の聞きとり調査では木本類で12種の事例を採集しているが、生産上重要な自製農具としては主に収穫した麦の穂を叩いて脱粒するための道具、いわゆるクルリボウと呼ばれる回転式脱粒具の回転棒の部分にエゴノキが優先的に使われている程度であり、他に特徴的な伝承は見当たらない。
2]衣食住
食の分野では、木本類15種、草本類12種にきのこ類2種を加えて29種に及ぶ利用が確認されたが、その大半はいわゆる自然遊びの領域に属するものである。したがって日常生活における食材としての利用はウド、セリ、ゼンマイ、ノビル、ミツバ、ヨモギ、ワラビ等数種にとどまっている。また、きのこ類2種についても食材を目的としていたことが明らかである。
一方、住まいについては建築用材や燃料に関する伝承が比較的多くのこされている。アカマツやケヤキの用材、茅葺屋根の主要材料であるススキ、燃料としてのマツ葉等はその代表であり、防火防風を目的とするカシクネ(複数のカシノキを家囲いのように仕立てたもの)にいたっては、丘陵周辺の里山景観を強く特徴づける要素となっている。
3]民俗行事
かつての里山の暮らしにおいては、信仰や生業に付随する営みとして季節や農作業の重要な節目にさまざまな行事が催されていた。その一部は現在も行われているものの次第に形骸化しつつある。
調査は、当該地域における代表的な民俗行事である正月、まゆ玉、盆供養、十五夜等を中心に、利用した植物とその目的について聞きとりを行い、正月行事で5種、まゆ玉で6種、盆供養6種、十五夜5種、その他の行事5種という事例を採集した。このうち利用される植物に地域的な特色が表れているものに「まゆ玉飾り」がある。
これは小正月に行われる代表的な行事の一つで、農作物の豊作を祈願する予祝行事として伝えられたものであり、適当な木の枝に団子やみかんをさして飾り屋敷の内外に祀ったさまざまな神様に供えるのが当該地域の一般的な習わしとなっている。各地域の伝承では、このまゆ玉をさす木が何種類かあり、今回記録しただけでもコナラ、クヌギ、カシ類、クワ、ツゲ、ネジキの6種に及んでいる。しかも2種類を組み合わせて利用したり、同じ地域であっても各家庭によって利用する樹種が異なる等、かなり複雑な利用形態をもっているようである。