[平成11年度(第73回)船舶技術研究所研究発表会]
12 FSA(Formal Safety Assessment)実現のための方法論について
装備部 金湖富士夫
1. はじめに
これまでの船舶の安全基準は大事故を契機に改正がなされ、その都度、船舶には多くの付加的設備の設置、構造の強化がなされてきた。しかしながら、それらの有効性は科学的に立証されているとは言い難く、安全のための過大な投資、あるいは効果のない設備等の搭載がなされている可能性があり、海運業界の競争力低下をもたらしているかも知れないとの反省が関係者間に存在している。
一方、原子力分野で標準的な安全評価手法とされている確率論的安全評価(PSA: Probabilistic Safety Assessment、あるいはPRA: Probabilistic Risk Assessmentとも呼ばれる)手法は化学プラントの安全性の評価等、他分野にも応用され始めており、安全を科学的に評価するための優れた手法とみなされている。
これらの状況等を考慮し、英国は1993年にIMO/MSC62において、船舶の安全性を確率論的安全評価手法を用いて「リスク」という数値で表現し、安全を確保するための種々の基準を設定した場合のコストの評価と共に、その基準の有効性を審議する際に使用しようとの考えを表明し、FSA(Formal Safty Assessment)の検討を提案した。
その後、IMO/MSCにおいてそのためのコレスポンデンスグループおよび会期中にはワーキンググループが構成されて検討が継続され、IMO/MSC68においてFSAの暫定ガイドライン1)が承認され、それに基づいて各国がFSAの試適用の実施を開始し、現在に至っている。
日本は、これに対応すべく、東京大学の大和教授を委員長とする(社)日本造船研究協会の第42基準研究部会を設置し、船舶技術研究所を中心にFSAを実現する手法の開発を実施するとともに、適宜IMO/MSCに参加し、FSA暫定ガイドラインの審議にも加わり日本の意見の反映を図ってきた。
今後、FSAの試適用が継続されるとともに、FSA暫定ガイドラインの改良、およびIMOにおけるFSA実施手続のガイドラインの作成が行われ、これらの後、IMOにおける基準作成にあたってFSAが実施されると思われる。
本報告では、FSAの概略、各国のFSAの試適用を振り返り、FSAの実現を目指して今後何をすべきかついて考慮する。
2. FSAの概略
FSAは、表1に示す5段階の手続きにより構成される、安全基準の審議方法である。わかり易さのため、これらの手続きを図1に図示する。
これらの内、FSAにおいて困難かつ最重要な段階はStep3のリスク制御オプション(Risk Control Option以下、RCOと略す)によるリスクの変化を含むStep2のリスク評価である。リスクは、リスク寄与木(Rigk Contribution Tree、図2)の定量化によりリスク評価が行われる。すなわち、図2では、事故に至る過程を示すフォールトツリー、事故発生から最終結果(人命損失、環境汚染、財産の喪失等)までのイベントツリー、およびイベントツリーの各最終端が示す結果の定量化を行うことにより、リスクを定量化する。現状のリスクは、既に使用可能な事故統計があるため、事故統計の解析により得られる。RCOは、リスク寄与木の種々の部分に影響を与えることによりリスクを変化させる。その効果は、実施する前の段階では事故統計に現れないため、それ以外の何らかの方法で予測しなければならない。