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1プランクとはバーサの外板の実際の幅か、標準の板幅かは明らかではないが、解析手法はともかく、370年前に現在行われている動揺試験と同じ手法で試験がおこなわれていたことは驚きである。

(b)バラスト量;

船底が狭く、バラスト量が十分搭載できなかったことに関しては

艦長「バラスト搭載のスペースはあった。フレミング提督が求めたより、100Last分余計にスペースがあった」(1Last; 通常4,000ポンド、地方によっては4,368ポンド)

ボースンMatsson「狭くてとてもこれ以上積めない」「まだスペースがあった」ボースンのこの矛盾した証言には理由があった。1つは彼自身がバラスト搭載時に立会したが、暗くて狭い船底で揺らぐランプの光では十分確認できなかったこと、艦長は出来るだけバラストを搭載したい。フレミング提督はバラスト搭載によって喫水が深くなり、砲門孔の下縁が益々水面に近くなることを心配していたといった事情があった。

(c)砲門孔下縁と水面;

問題のGunport下縁と水面の距離について

Erik Jonsen「3-1/2ft」、Petter Gierdsson「4〜4-1/2ft」と証言しているが、実測したものでもない。トリムがあったことを考えると彼等が何処に居て目測したかによっても異なる。

 

3.3. 「神のみぞ知る」

 

法廷証言を割愛しよう。Center of Gravityといった用語もStabilityといった言葉もなかった時代である。細かいことを詮索しても致し方あるまい。事実、この法廷の最後に判事が立会人に「どうして転覆したのか、建造は正常に行われたのか」を尋ねたが「They can not know, God alone can know this.」が回答であったことが記録に残っている。かくて有罪人が出なくて閉廷した。まさに"God Grant"である。

 

4. 何故バーサ号は沈没したか;

 

前章で述べたように法廷尋問では具体的な結論は何も得られていない。しかし、何よりも実物が引き揚げられたのである。1961年引き揚げられて以来、精力的に実測され、多くの図面が復元された。問題のバラストについても実測され、Fr.6〜10では2.5m3にに対して5.35t(平均比重2.14t/m3)、Fr.36〜40では4.3m3に対して8.49t(平均比重1.97t/m3)であったが、主要部分は平均比重1.27t/m3にしかならず、バラスト総量としては121〜122tであったことまで調査された。(このことは狭い船底の隅々までバラストを搭載する管理が不行届きであったことを意味するだろう。)

これ等の復元図のうち、本稿に関係あるものだけ掲載しておく。

 

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