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2]-2. コミュニケーションと社会参加の場づくり(系図B2):「人が集まれる場所がある」

「人が集まれる場所がある」というウオンツの手段として「市が頻繁に行われている」「商店街が利用しやすい」「公共施設でくつろげる」「浴場が利用しやすい」があげられた。

当町では、月に1回町の中心部で“市”が行われている。個人や店舗が、おのおの作った農作物や、地元で捕れた魚、盆栽、お菓子などを持ってきて売る仕組みになっている。後にも述べるが、収入を得るということはそれがたとえ大きな金額ではなくても自立の心を育て維持してくれる因子である。そのような収入を得て、社会の中で生産活動を表現できる場所として市を捉えている高齢者も多かった。しかし、農作物などの生産物はあるものの運搬手段がないために、参加できないという悩みも多く、高齢者の自立の促進と維持の方策としてそのようなウオンツを抱いていることがわかる。また、生産側だけに限らず、消費者としての自立の因子もある。高齢者にとっては、自分の足で動ける範囲、あるいは病院を受診した足で立ち寄れる市は消費者としての自立の場所である。家族に連れていってもらわなくても買い物ができるので家族に迷惑をかけないし、友人と一緒に買い物をできる時間と空間がそこには広がっているのである。この状況は、「昔から変わらなくていい。ゆっくり自分なりに買い物もしやすい。毎月楽しみで。」という言葉で表現される安心感と自立精神の継続という意味合いがあるように思える。市への参加は高齢者が多いことから、さながら1ヶ月に1回の同級会といった雰囲気づくりがされている。日頃病院やケア施設で見かける表情と、露天の市で見がける表情はある意味で環境が不十分と思える屋外にも関わらず、例え寒い日でも、風がある日でも、虚弱と表現されている高齢者の表情は自立しきった表情に変わっている。場所にあった顔をすることで、高齢者もその場所での自分の価値感を表現しているのかもしれない。市は高齢者にとって自分が存在しやすい雰囲気がある。

商店街は、市とは違って高齢者の生産活動の場とはなり得ないが、消費者としての自立、生活者としての自立、コミュニケーションの場所である。隣町に大型ショッピングセンターの出店もあり、商店街は活気付いているという状態ではないという危機感を高齢者も感じている。それは、「J店は大きいけど年寄りは一人では行けない。若いものに頼むわけにもいかないし、自転車で行けたり、歩いて行ける店がやっぱりいい。だんだん歩けなくなれば、町中(町の中心街)の店にも行けなくなるかな。」という言葉でも表現されるように、商店街を利用する高齢者の立場から、「商店が沢山ある」状態、「十分な駐車場がある」状態、「商店街のサービスがよい」状態のウオンツカードは高齢者が使いやすい商店街を目的としたものというより、「商店街が利用しやすい」状態となって、「人が集まれる場所がある」状態、つまり町の活性化の状態を望むものであり、これが最終的に高齢者も含めた多くの人にとって「外出しやすい町」「住みよい町」「活気付いた町」となることを求めている。

公共施設は商店街、市と同様、コミュニケーションの場であって欲しいというウォンツが潜在している。つまり、例えば「役場に行ってもゆっくり休める場所もなくて、用を済ませたら帰るしかないでしょ。」という言葉にあるように、くつろげるスペースと雰囲気があり、町民の憩いの場所として機能してほしいというウォンツがある。さらに、コミュニケーションの場所がアクセスのよい近所にあってほしいこと、居ずらい雰囲気がない公共施設を望むウォンツがある。

公共施設という範疇に入れてしまうのは語弊があるが、広い浴場を望む声が多かった。「前は銭湯があってよかった。今は銭湯がないから、狭い家の風呂に入ったり、昼間からデイサービス(デイケア)の風呂に入っている。

 

 

 

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