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つまるところ、C.G.ならびにステークホルダーの問題は、株主問題を超え、企業のステークホルダーは誰か、そして、それを策定した上での社会性のコンテクストでの企業の存在意義の問いにつきあたる。富士ゼロックス会長の小林陽太郎氏は、株主への、より高いリターンのみを至上価値とする企業の在り方に疑問を呈し、「会社にとって大切なステークホルダーには社員や顧客も入り地域社会や社会全般、さらには、未来社会もステークホルダーと位置づけられるかもしれ」ないと謂う。21 様々なステークホルダーの立場や在り方を十分尊重しながら、トータルな社会的価値を継続的につくり出していくことが、今、企業に求められていることだとする。22 小林の言説において、企業体は、stake holdingにおける労使間、株主─経営者間、そして企業─社会間での均衡において、そしてprofit sharingにおける平等性において、極めて公正かつ貢献的なentityとして捉えられている。また、社会・環境と不可分に結ばれるホロニック且つ主体的・貢献的な、社会性を有する組織として位置づけられている。

 

3. コーポレート・ガバナンス問題と日本的企業家

 

欧米的なフィランソロピックな概念とは異なるものであるが、企業の社会性を重視する思想・態度が、小林の言説に限らず、日本の企業家の言動に多くみられる。安定雇用、福利厚生を軸とした企業の社会的貢献は、評価されるべきであり、企業家・経営者の言動も、所謂Davos culture23 に象徴されるところの行動規範とは全く別の行動倫理、企業活動倫理を有しているようである。そもそも、極めて日本的ともいえる(経営者の)企業への忠誠、経済活動への献身的態度、そして上述の意味での社会性は、如何なる要因をもって生成されてきたのであろうか。この点を考えるにあたっては、近代化端緒の企業家生成過程で、彼らの経済的行動規範を、歴史的・文化的に規定した要因に注目せねばならない。明治以降の産業化、経済的近代化の遂行を担った中心人物の多くが、武士の身分より出たる者、或いは上農・商層出身であり、武士的教育の感化を受ける機会が多かった者であったことは、注目に値する。24 第一国立銀行設立のほか、経済面での日本の近代化を民間の立場から推進し続けた渋沢栄一は、幕末より武士身分となった者である。明治実業界の重鎮、五代友厚は、元薩摩藩士である。明治はじめより巨大財閥としての道を歩んだ三井は、江戸期の豪商より続くものであったが、財閥として、近代的企業体としての発展に寄与した人材は、中上川彦次郎、池田成彬、益田孝、団琢磨らの士族(出身)の者達である。住友近代化の祖の一人、伊庭貞剛は、幕末の「仕官時代はもちろん、実業人として世に立ったときも、その毅然たる武人の気骨を蔵し」ていた25 士族出身者であり、鈴木馬左也、小倉正と続く後継者群、昭和初期までに住友での「経営家族主義」を実現した三村起一までのトップの系譜は総て士族出身の人材であった。26 その他、はじめ三井、鐘紡に関わり、のち富士紡績の復興他、多くの実業的手腕を発揮した和田豊治、製糸業の速水堅曹、実業家中野武営、西村茂樹の弟で桜組製靴の創業者西村勝三など、実業において活躍した武家の出身者には枚挙に遑がない。

 

 

 

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