その後、経済のグローバリゼーションをめぐる議論は市場と国家(あるいは何らかの形の共同体)の果たす役割をめぐる議論へと展開し、社会哲学的な次元にまで深められてきている。一般的にいって、日本におけるグローバリゼーションの推進を唱える論者が市場の普遍的・合理的なメカニズムに従来以上の役割を委ねようとし、そのために必要な諸種の制度改革を求めるのにたいし、これに懐疑的な論者はグローバリゼーションによって侵食されつつある国民国家を含めた伝統的な共同体の再建を説いている。
こうした議論の状況において特徴的なことは、アメリカをモデルとする経済のグローバリゼーションを推進しようとする中心的論者に、アメリカのビジネス・スクールへの留学経験をもつ者が目立つことである(中谷巌、竹中平蔵ら)。彼らのハビトゥスや思考様式は、バーガーのいうDavos Cultureにかなりの親和性があることは認められる。かつて杉山光信は現代日本の論壇ジャーナリズムを構成する3大分野として、ポスト・モダン思想、ビジネス・カルチヤー、日本文化論をあげたが、このうちの「ビジネス・カルチヤー」がDavos Cultureと大きく重なり合っていて、知識人の言説世界にDavos Cultureが浸透する場となっている。
さて、経済のグローバリゼーションに関して現代日本の知識人の間に見られるさまざまな立場を整理するなら、次の4つに分類できるだろう。
1]グローバリズム。これは市場のメカニズムを最大限に発揮させるため、諸種の規制の撤廃ないし緩和をもとめる立場であり、中谷巌、竹中平蔵らに代表される。
2]リージョナリズム。国民国家を超えた広域の地域的まとまりを単位として市場の力に対抗する共同体を構想する立場であり、最近「東アジア共同体」論を唱えている森嶋通夫などがこれに該当する。
3]ナショナリズム。個人の帰属・アイデンティフィケーションの対象として旧来の国民国家の意義を強調し、市場にたいするその自律性の堅持・強化を説く立場であり、西部邁、佐伯啓思らが代表的論者である。
4]ローカリズム。国家が従来果たしてきた機能の多くをその下位単位である地域社会に委譲し、地域社会を地方分権の促進によって活性化しようとする立場であり、木村尚三郎、内山節らに代表される。
以上のうち、1]以外は何らかの規模の個別的な共同体を普遍的な市場原理に対抗する拠点として想定している点で共通している。また、4つの立場のいくつかを組み合わせた立場も考えられる。たとえば、異なる国家に属する地域社会が国民国家の障壁を飛び越えて相互に結びつくことを説く立場などは1]と4]を組み合わせたものである。しかしながら、論壇の大勢としては1]と3]が有力であり、両者の対抗関係を軸に議論が展開されているといってよい。