アレクサンドル・ニコライビッチ・パノフ 駐日ロシア大使 講演会
「ロシア情勢と対日関係」
平成12年1月14日 於:ホテル・ニューオータニ
―ロシア大統領選挙―
3月に実施される大統領選では、50%程度の支持率を集めているプーチン大統領代行が最有力と目されている。エリツィン前大統領は“無血革命”を実現し、市場経済民主国家の形成を目指したが、プーチン代行も前大統領の政策目標を引き継ぐだろう。
現在のロシアは、低い労働生産性、老朽化した産業機械設備、外資による投資の冷え込み、高度技術市場での国際競争力不足などの理由により、経済活動が低調で、1人当たりGDPが3,500ドル程度まで落ち込み、G8平均の5分の1に満たない水準にあるが、もはや、共産主義の復活など“逆戻り”はあり得ない。
プーチン代行は、1]民主的法治連邦国家権力の強化(ただし、全体主義への“逆戻り”ではない)、2]自由・人権を尊重する憲法の遵守、3]経済・社会プロセスへの国家の影響力行使(ただし、社会主義への“逆戻り”ではない)、4]科学技術・先端技術・豊富な資源を活用した経済成長を促す政策の実施、5]税制度改革等による効率的な財政体制の形成(ルーブル安定・インフレの阻止)、6]汚職・地下経済との戦い、7]世界経済機構への関与、8]市民の所得の安定的な向上などを政策目標に掲げており、実現のための政策を遂行すると考えられる。これらの政策目標には市民の支持もあり、改革に必要な国内政治の安定も得られている。また、対外関係の改善にも努力するだろう。
―国際情勢―
最近のロシアを取り巻く情勢は冷戦時代に戻ったかのように感じられる。ロシアの民主主義は未熟だが機能しており、IMFなどの国際的枠組みの中での経済改革を推進しているのに、旧西側諸国はロシアの改革にことさら懐疑的・批判的な姿勢をとっている、との認識がロシア市民・エリート層の間では一般的な見方になっている。ロシアを単なる資源供給国として属国視しているのではないか、との感情論もある。
また、チェチェン問題への旧西側諸国の批判が反西側感情を煽っている側面もある。米国はテロリストとの交渉はしない、と明言している一方でチェチェン共和国の指導者と接触しており、ダブル・スタンダードと言わざるをえない。旧西側諸国には「弱いロシア」を願う勢力があり、コソヴォ問題などにロシアが影響力を行使することを嫌っていると感じる。
ロシア側ではむしろNATOの拡大路線に不安を感じているし、米国のCTBT条約批准拒否やアラスカへのミサイル大量配備を懸念している。これは軍拡競争を再燃させかねないし、戦略的安定を崩す要因になる。ロシアはエリツィン前大統領の努力にも関わらずSTARTII条約の下院での批准ができなかったが、昨年12月の選挙後の下院勢力を考えると同条約は批准されようし、CTBT条約の批准も可能と思われ、核軍縮に向け努力するだろう。