入江 昭 ハーバード大学教授 講演会
「米国のアジア政策について」
平成11年7月14日 於:ホテル・ニューオータニ
入江昭教授は、アジア地域における貿易投資の自由化や中国の人権問題への米国の対応は、市場の自由化、人権の尊重に対する米国人の信念に基づくものであり、米国のアジア政策を理解するためには、米国の歴史観を学ぶ必要があると述べた。
―新しい国際秩序―
国際秩序は、政府・国家を単位とした軍事力と経済力を主な基盤として構築されており、この二つの側面からの分析についてはこれまでも様々な観点から議論されてきた。しかし、近年は政府や国家の範疇に属さない様々な要素が存在し、それらが国家の行為に劣らず重要な役割を果たしている。すなわち、多様な地域出身の個人や集団が交流や協力を通じて、国や民族とは異なる共同体を形成してきており、「非政府組織」による国家相互間の活動は、ある政府の代表として常に活動してきたわけではないが、国際関係の秩序に対する影響力を強めており、国際秩序の安定化に寄与してきたといえる。また、価値観を含む文化的要素も国境を越えて伝播し、他の地域の人々との価値観の共有を通じて、国際秩序に影響を与える。電子メールなどの最近の情報通信分野における技術の発展は、こうした動きを異常な勢いで推し進めている。
つまり、以前は軍事及び経済的側面を中心に国際秩序を考えていればよかったが、1980年代、1990年代にはそれ以外の要素の影響力が強まっており、国際秩序は一枚岩では理解できないものになってきている。
―従来のアジア政策―
以上の認識を踏まえ、まず、米国にアジア地域に適用する特有の政策があるのか、という点について考えてみたい。これまでの米国によるアジア地域への対応をみると、ヨーロッパなど他の地域と同様の政策をアジア地域に対しても適用しており、アジア地域に対する特有の政策があるわけではない。これは、地球的構想の一部をアジア地域に当てはめようとしているに過ぎないということを意味する。例えば、経済面では、IMF体制はこれまで米国が積極的にヨーロッパ地域や南米に普及させてきたが、同じ体制をアジア地域に対しても広めようとした。また、中国における人権問題においても、米国は人権の尊重に対する自国の考え方に揺るぎない自信をもっており、中国に対しても同様の考え方を貫いている。