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なかんずく、心臓を取り出すに至っては、さすがになかなか神妙な気持ちになりました。というのも、その絶えざる収縮運動によって私達は生かされているのであり、本当にハートの形をしているのかどうか、ただならぬ興味を抱いていたからです。みると、ホースのように太い血管が何本も心臓と連絡しています。固定された御遺体では拳程度の大きさで、生前のダイナミックな活動を想像することは、むしろ、難しいのだけれど中を開けると、なるほど分厚い筋肉に覆われて、血液の固まりがごっそりと詰まっています。血液を除いてから、弁の構造や壁の様子を詳しく観察しました。ちなみに心臓がハート形であるかどうかという所見は、甚だ疑問を残す結果となりました。そうだと思って見れば、見えないこともないかもしれません。むしろ、古来の人間は何故心臓をハートの形に表したのか、そのルーツというか理由を考えてみることが有意義なのでしょう。心臓に人間の心の動きを映してみる。その姿勢が私達に教えてくれたものは何か。単に血液を循環するだけの臓器としての心臓ではなく、それ以上に荘厳な意味を私達医師の卵に連想させてくれました。それは、結局死体が単なる物体ではないとする感覚を持つ必要性、あるいは、往々にしてそうすることの優位性を考える契機となったのです。現に、解剖中、御遺体を単なる物体としてみることは決して無く、それどころか生前の尊い御意志に心より感謝の意を示し、そのご期待に報いるよう精一杯勉強させて頂きました。

献体して下さった方々の御行為に応えるべく今後増々の精進を誓い、ここに感謝の気持ちを新たにします。

 

 

 

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