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解剖学実習を終えて

津村 英隆

その日の私は、秋空の下に吹く小さな風に後押しされながら、解剖実習室に向かう廊下を歩いていた。これから始まる解剖実習のことを考えると、期待と不安そしてなによりもこれまで感じたことのない緊張感で、どうしても歩を緩めざるを得なかったのだ。ところがいざ実習が始まると、そんな感情は消え去り、献体して下さった方のご厚意に報いるべく、そして吸収せねばならない多くの知識のために、自然と体は動いていたのであった。それからの日々はまさに格闘であった。理解し覚えねばならない事項は莫大である。家では睡眠を削りながら解剖書に向い、通学の電車でも用語を頭の中で反芻させたものである。壁にぶち当たることも少なからずあったが、その度ごとに毎日のように向き合っている御遺体が、私を叱咤激励して下さるのであった。これは医師となるための試練であるのだと。

矢のように時は過ぎ、解剖実習は終わった。今振り返ると、私は学問としての解剖学以外に、本実習において次の三つのことを学んだように思う。

 

 

 

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