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一つの出会い

平尾 慎吾

人は、人生の中で多くの人と出会う。ただ通り過ぎるだけのこともあれば、自らの人生や思考、意志に大きく関わる出会いもある。もちろん、そんな出会いには、なかなか出会うものではないのだが……。

私は、大学入学当時から、医学生としてはじめて「人」に対面する解剖実習に対して、大いなる期待、そして、渇望があった。外科医を目指す自分にとって、知識をただ詰め込むよりも、早く「人」の内部を見たい・触りたい、そして、技術を身につけたい、そういったものであった。しかし、実際に、解剖実習が始まるとこんな甘い考えに喝が入れられた。知識がなければ、解剖実習はただ「人」を使って、遊んでいるに過ぎないという事を思い知れされたのである。

目の前にある御遺体は、生きていない。しかし、将来医師になった時、目の前にいるのは、生きた患者である。確実な知識があって初めて、患者を診察し、的確な技術で患者を助けることができるのであった。技術だけで生かす事はできない。目の前にあるものが何であるか、どう関連するのか、御遺体に対してさえ理解がないのであれば、満足な治療など患者に対して、決してできないであろう。

私は、ご遺体、いや、ご遺体を提供された方々から大きなものを学んだ。

 

 

 

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